テニスの王子様 夢物語::世界は彩どりに包まれて::

□金茶色
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お願いがあるんだ、と控えめながらも、どこか強い欲望を微かに滲ませて頼まれた。


「この桜がまた満開になったら、さっきみたいに袴姿で座っている姿を撮らせてくれないかな」


なんとも奇妙な依頼だ、と思った。
だが、そう言われて嫌な感じも抵抗心も湧いてこなかったので、淡々と承諾した。


「あぁ、構わないが」


夕暮れの中、ありがとう、と心底嬉しそうに微笑んだ彼を、シャリンと鈴で見送った。



* * *


「きのしたセンセーさよーならー!」


スクールの卒業生は卒業後も窓口で受付けすれば自由に出入りが出来、空いている練習場を使うことが出来る。
手塚は歴代の卒業生の中でもずば抜けて有名で、だから久しぶりにも関わらず顔を覗かせただけで古株の職員一同から大歓待を受けた。
それをサラリと受け流し、敷地内を歩いてすぐに見つかった後姿に、タイミングを図って話しかけた。


「は、ぃ?」


こちらを振り返って、微妙なところで固まった。それに構わず続ける。


「怪我の具合は、如何ですか」
「え?…あ、えと、大丈夫だよ。ちゃんと治って――あれ?チームメイトの子達から聞いてない?」
「聞きましたが、自分の目で確かめたかったので」


別に桃城達を疑っているわけではない。これは気持ちの問題だ。随分と時間が経ってしまって、今更と思われるかもしれないが。
けれど、杞憂だったらしい。キョトン、とした後に、「そ、そっか」とくすぐったそうな笑顔が見られたから。
それに背を押されるようにして、また話しかける。


「お元気でしたか」


再び、奇妙な間が空いた。そうして、意味を察したのだろう。


「お、覚えてた、の?」
「はい」


忘れたことなどない。しっかりと頷き返せば、何故かアワアワと忙しない。なにか変なことでも言ってしまったか、と思っていれば。


「な、なんか…ううん、ごめんね、その……嬉しいなぁ、って。でも、恥ずかしいというか」
「恥ずかしい、ですか」
「だ、だって…あたし、すごい情けなかったし…あ、今も失敗ばっかりだけど、あの頃は特にっていうか!」


不二達は勘違いしているようで、手塚自身、わざわざ明かしすつもりもないのでそれは当然のことなのだが。――手塚と菜穂は、既に5年前に出逢っている。
どうやら反応からするに彼女にとって恥ずかしく忘れて欲しかった記憶のようだが。…手塚にとって、あの記憶は忘れたくない大切なものだ。


「ま、まさか覚えてるなんて…しかもまさかあんなところで再会してしかも運んで貰って
…背も高くなって大人びててずっとカッコよくなっててもすぐわかったけど、わかったけど!
あたしなんてまだこんなぺーぺーでちっとも成長なんてしてないのに…うぅ…恥ずかしい」


――あれは、小学5年生の時だ。とんでもなく若い子が職員になったとスクールでは噂で持ち切りだった。そう、それこそ実に様々な噂が。
手塚はと言えばさして興味はなく、黙々とテニスに励むのみ。けれどある日、ふと一冊のノートを拾ったのがきっかけだった。


『すごい…』


素直な気持ちだった。手塚は世辞は言わない。今よりもほんの子供で読めない字も多かったが、まるでとんでもない宝物を見つけたような気分になった。
そこにはスクール生の何人かに対する持ち主なりの分析結果や考察をはじめ、テニスを含めたオリジナリティ溢れた練習メニューの考案がびっしりと書き込まれていたのだ。
興味の向くままに手塚は、既に練習を終えたにも関わらず一人、人気のない隅のコートでメニューを試してみたりして、テニスの部分だけは完全に暗記した。

そのうちふと、持ち主が探しているだろうことにやっと思い至り、せめて元の場所に戻そうと建物の中へ。表紙の名前から、あの新しい職員だということはわかっていた。


『大事なものなの!拾ってくれてありがとう!』


案の定、泣きそうな顔でキョロキョロしている姿を見つけた。名札で確認して差し出し、そう返されて罪悪感が湧いた。
中を見てしまったと謝った。けれど、怒るどころか「…っえ、やだうそ恥ずかしい…!」と真っ赤になってアワアワされた。

容姿とか仕草とかではなく、かわいいひとだ、と思った。
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