〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱

□6話 壬生狼の巣ではじまる稽古
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 剣には 刃には 鍛錬には

 その者の心が現れる



 見極めなければならない

 白か  黒か  それとも――――


〜* 〜* 〜* 〜* 〜*


「すげー!やわらけー!!」

「おいおい、あんた骨とか関節イカレてんじゃねえのか?」

「新八、失礼だぞ。けどま、ま…信じらんねぇな」

「君、それどうやってんの?」

「…あんたは軟体動物か?」

「これはこれは…凄いものを見せてもらいましたね」


(なんていうか…予想通りの反応というか、人間、驚くところは古今東西同じみたいだな)


「別に凄くも何ともないし、どこもイカれてないですよ。脚を開けるとこまで開いたまです。ちなみにちゃんと人間」

「俺らは見慣れてるけど、やっぱ小蔵は身体柔らかいよな」

「こーやって俺が乗っても平気だし☆」









 と言いながら不琉木がその背に圧し掛かり、そして和が平然と上体をべったり床につければ更に奇声…もとい、歓声があがる。

 隊士の半分は見ていられないとばかりに若干青ざめて目を覆い、残りも変なものを見るような目付き。





 ここは道場。隊士達が稽古する場所だ。

 そこで今、皆はストレッチしている。つまりは準備体操。

 そしてその中心に、なぜか和(のどか)がいた。









 和がようやく全快したのはつい先日。

 朝、飯を食べ終えた三人は連行に近い形で道場に案内され、一緒に稽古しようだのなんだのと丸めこまれて今に至る。

 そこで彼女は、「じゃ、ちょっと失礼」といって隅の一角を陣取ると、床に座るなりほぼ180°に開脚し、上体を屈折させて体操を始めた





 …もんだから、さあ大変。





 これはバレエを習っている者であれば当たり前も当たり前、基本中の基本の動作だから何てことない。

 柔らかい云々以前に、できなきゃどうしようもないという範囲だ。



 だがしかし。



 現代における日本でのバレエの知名度もそう高くなく、世間一般的に見ればやはり誰もが「あり得ない」「凄い」という反応をする。

 かくいう和輝も不琉木も、最初はやはり驚いたものだ。

 そして、この時代ともなるとバレエの存在はおろか、こんな動作は考えられないらしい。

 それが証拠に、先ほどからのこの反応だ。






「ちょ、不琉木!お前のったら和が壊れる!!」

「…いやいや平助、壊れない壊れない」

「…あんたの身体は、一体どうなっているのだ?関節はどう動いておるのだ」

「斎藤さん、そんな触っても多分わかないと思うけど」

「おいおい、斎藤。女の身体にベタベタ触っちゃ駄目だろ」

「いや原田さん。あなたも言いながら触ってますよね。ていうか、だから触ってもわかんないですよ絶対」








 本人としては、身体の柔らかさを自慢したいわけでも、誇張したいわけでもなんでもないのだが。

 まるで珍種の獣の気分だ。

 平助は不琉木を引っ張り下ろそうと躍起になっているし、

 斎藤は身体の関節が一体どう動いているのか興味津々といった体(てい)で、

 それをそれとなく指摘する原田も斎藤に負けず劣らず。








 なんとも面白おかしい光景がここにある。







 とはいえ、和にはあまり貞操の概念のようなものがなく、擽ったそうに苦笑するだけで身体を触られても平然としている。

 本当に言葉通り、触ってもわからないと思うんだけどな…くらいにしか感じていない。

 そんな彼らを、沖田は面白そうに眺めながら揶揄するように言う。









「平助も一君も、さっきまで顔赤くしてたくせに…結構大胆なんだ?」

「なっ…いや、俺はそういうわけでは……」

「な、なに言ってんだよ総司!!誤解するようなこと言うなよな!」

「てめぇら、ちっとは落ち着きやがれっ!!」

「和ちゃんもおもしろいね。ちっとも恥ずかしがってないし」

「何を恥ずかしがる必要があるんだ??」

「別に僕はどうでもいいけどね。でもほんと、脚ってそんなに開くものなの?」

「まぁ、四つの時から毎日訓練してればそれなりに」

「ふぅん。この間のあれと関係あるの?」

「全然」








 あれ、とは浪士達や平隊士を相手にしていた時の、棒捌きのことだ。

 まぁ、ソフトボールとバレエの関連性は技術的にゼロだろう。

 その二つを同時に嗜むってどうなの?とは同級生に散々言われたが知ったこっちゃないのである。









「総司!てめえもさっさと持ち場につきやがれ!!」

「はいはい、まったく土方さんは五月蠅いなあ」









 ―――と、たかが準備体操にひと騒ぎして、ようやく本題へ移行する。
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