テニスの王子様 夢物語::世界は彩どりに包まれて::

□紫紺色
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「んー、すっかり秋って感じやなぁ」


紅葉が映える秋晴れの空の下、すぅと深呼吸すれば身体の芯がシャンと据わる気がする。
深呼吸は健康にとって大事なことだ。そういう意味でも、木々に溢れる合宿所の環境は良いのかもしれない。
テニスの聖書、白石蔵之介が散歩しているのは数日前から始まったU-17選抜合宿の敷地内である。


「はー…にしても、金ちゃんどこに行ってもうたんやろ」


一転、大きな溜息と共に憂い顔で意味もなく周りを見渡す。ゴンタグレで問題児で、でも大切な後輩で可愛い我らがルーキー。
今にも「しーらいしー!」と木陰から飛び出して来そうなものなのに、待てど待てど姿は見えない。
そして、代わりに木々の隙間から見えたのは別の姿だった。


「なんや…?」
「あ、白石」
「おぉ、幸村クン。自分も散歩か?」
「まぁね。で、あれどう思う?」


見たまんまを言えば、何故か見知らぬ女性二人がスーツの男達に追いかけられている。
ただならぬ雰囲気に自然と後をつけていれば、どうやら別の場所から同じ行動に出たらしい幸村精市と合流した。


「んー、せやなぁ」


正直、厄介事に首を突っ込みたくはないし、見た目で善悪を判断するのもどうかと思うが。
アイコンタクトで互いに同じ結論に達したことを悟り、二人は聖書と神の子の称号に相応しい所作でポケットのボールを打った。


「ちょっと!なんなのよアンタ達!?」
「え、えぇ?え、ラケット?テニス??」

「ええからええから」
「あっちに僕らの仲間もいますから、そこまで行きましょう」


追っ手を怯ませた隙に、走りながら実にナチュラルに誘導する。その時、「幸村ブチョー?どこですかー?」と。


「あ、赤也。ちょうど良いところに」
「あっ、ブチョー!って、その人達なんなんすか?」
「あとで説明するから、とりあえず後ろの方を潰してくれるかい?」


幸村を見つけた途端にパァと顔を輝かせた切原赤也は、今度は怪訝な目で4人の後ろを見た。ーー瞬間、ニヤリと。


「幸村ブチョー追いかけてる悪者はテメェらか!!」

「ほんまえげつないことするなぁ自分」
「ふふふ、良い子の赤也に後でご褒美あげないと」


大好きな幸村の頼み事を断るわけもなく、更に言えばこの少年、正義のヒーローとか大好物である。
ほんま敵に回したないわ、と苦笑を滲ませる白石も、そして幸村も勿論だが彼女達のことは忘れてはいない。


「きゃぁ!?ちょ、なにして――ッ!?」
「ちょぉ辛抱しといて下さい。その足やとキツイやろ思うし」


女性にしては背が高くスポーツ系のウェアを着ている一人は良いとして、もう一人は走るには明らかに不適切なビジネススーツ、それもスカートだ。
逃げている途中で脱ぎ捨てたのか靴はなく、薄いストッキングは既に足裏が破れてしまっていた。
なにより絶対に体育会系ではない。白石は走りながらひょいと抱え上げて加速する。


「あ、幸村君帰って来…って、はぁあ!?」
「白石?お姫様ごっこでもやっとっと?」

「みんなちょっと協力してくれる?赤也ちゃんとついてきてる?」
「ここにいますよブチョー!」
「今はボケはええから千歳もちょぉ手ぇ貸してや!」


束の間の休憩時間がそろそろ終わる。散らばっていてまたコートに集まってきている仲間やライバル達のところへ駆けこむ。


「実はかくかくしかじかでな、事情はよぉわからんけどなんや困っとるみたいで」
「お、追いかけられてって、…え、そもそもこの場所でどうしてそんなことが」
「確かに、妙なお話ですね」


状況を手早く説明すると鳳と柳生が素朴な疑問をぶつけるわけだが、そんなこと白石達だってわからない。
そんな中、「手塚君!?」との驚愕の声が。


「え、うそ、不二君に菊丸君までいる…ど、どういうこと…?」
「………」

「あれ手塚、君達、彼女達の知り合い?」


鉄仮面の手塚が珍しく表情を崩し、目を丸くしていた。けれどそれは不二も菊丸も同じことで。


「モモちゃん!?」
「ちょっとなに悠長に喋ってんのよ!いくら知り合いがいるからって誘拐されてきたのよ!?」


物騒な単語に主に中学生組が「は!?」となった隙にビジネススカートの女性がもう一人を無理やり引っ張って再び走り出した。
おそらくただ我武者羅でなにも考えてはいなかっただろう。まだ誰も入っていない一人コートに躍り出たものの。


「ちょっと君達、落ち着きなさい!我々は」
「気安く触んないでッ!!」


困り果てた顔で何か弁解しつつ、何手かに分かれていたらしい男達の一味が二人に近づく。
金切り声と共にひとつのボールが鋭く飛来して一人が昏倒したところで。


「ちょっとちょっと、これ一体なんの騒ぎですかぁ?」
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