テニスの王子様 夢物語::世界は彩どりに包まれて::

□承和色
1ページ/4ページ


まったく、これでも驚いているのはこちらの方だ。


「危ないッ!!」
「越前――ッ!?」


超能力ではない。ましてや魔法などではない。彼らの驚異的な妙技の数々はあくまでも、この世界の森羅万象の理(ことわり)に則っている。
確かに一般的に見れば規格外だろう。けれど何ら特別なことではない。相対的には異常でも彼ら自身の絶対値で見れば通常だ。
例えば霊力と言うと何やら特別な響きに聞こえるが、霊力とはいわばその存在の生命力だ。それがどんな形で発現するかの違いがあるだけだ。


「キョウちゃん――ッ!?」
「桔梗ッ!!」


給水塔に平等院が放った鋭い打球がぶち当たる。警戒も兼ねて頂点に立っていた桔梗の足元は必然的に崩れた。

もちろん、彼らがこれだけのモノを会得するまでの、それぞれの道筋を平凡で取り柄のないことだと思っているわけではない。
桔梗はその生まれや能力ゆえに世界を達観し俯瞰して生きてきた。その身と魂に宿るは世界の理を独特の感覚で理解し操る日本古来の妙技。
本当にわからないものだ、まさかここに来て、涼やかに凪いでいた心を熱くさせる巡り合いがあろうとは。

《孤影に舞い散れ水の花吹雪》

後にも先にもきっと、藍羅瀬 桔梗を荒業で以て高みから引きずり下ろすのは彼らだけだろう。


「…アンタ、マジでなんなの」
「魔法騎士とでも言ったら納得するか?」
「するわけないじゃん」


風圧で落ちた帽子を拾い上げて手渡す。水の花吹雪は目論見通りにリョーマを塔から守った。濡れたのはまぁご愛嬌だろう。
胡乱げな眼差しを面白おかしく思いながら、周囲からリョーマに似ていると言われる切れ長の鋭い三角眼を悪戯っぽく細めた。


「門出に花吹雪は定石だろう?」








「待ちなさい」


コーチ陣に抗議をしながら説得を試みてくる青学メンバーを適当にあしらい、さっさと合宿所を出てバスに乗ろうとしたリョーマは片脚を掛けた状態で振り返った。


「なに?」
「知らないわよ。あの子に聞いて。ったく、なんでアタシが」


殆ど関わりのない桃華が何故かバス停まで来て、ロクな説明もなく見た目に反した雑さ加減で何かを突き出してきた。
とはいえ反応からするに、桃華も桃華で何も説明されていないらしい。ブツブツと文句を言っている相手は桔梗だと理解する。

――奇妙な詠唱と共に地上およそ100メートルからとは思えない身のこなしで着地してきた。正直、それに思わず魅入っていたために給水塔を避けるのを忘れた。
桜の季節、よく花びらが旋毛風を巻き起こすように、破損して溢れた水が自分の周りに渦を巻いたように見えたが、あれは本当に何だったのだろう。
桃華がずいっと突き出してきたのは折り鶴だった。一見すればなんの変哲もない、けれど一昨日の晩のことがあるのでリョーマには違う風に見えた。


「ん」
「なによ」
「あのヒトに渡しといてくんない」


押し付け、同時に受け取る。どうにも腑に落ちないことばかりでなんとなく面白くない。
そんな不満が伝われば良い。多分、桔梗なら憎らしくもこれで察する気がする。


「ねぇ」


運転手は急かすでもなく気長に待ってくれている。それに甘んじてリョーマは、不満たらたらにさっさと立ち去ってゆくジャージ美人に返事を期待せずに訊いた。


「アンタはあのヒトの正体、知ってんの」


期待せずに訊いた。だからスタスタと無言で歩き去るのに大した落胆もなく、ようやっとバスへ完全に乗り込もうとしたところで。


「あの子が何であろうがどうでも良いわね」
「ふーん?」


今度こそ乗り込み揺れる車体の中、一番後ろの長椅子に座る。ここはド田舎と言うほどではないが郊外で、季節的なこともあるのか他に乗客はいなかった。
ガランとしたバスで贅沢にも貸切。そういえば今のヒトは名前なんだっけ、と別に思い出したいわけでもなくテキトーにそんなことを考えながら、車窓を流れる風景をぼんやり眺める。
そうしながら手も無意識に動く。たった今、受け取ったばかりの謎の折り鶴。

日本人だがアメリカ育ちのリョーマは、折り紙にはあまり縁がなかった。多少はあったかもしれないが思い出せないし現に折れない。
たまに「ユー、ジャパニーズ?オリガミ、ミセテクダサーイ!」とか言ってくる人がいるが無性にムカつく。普通に英語で話せるし日本人が全員作れるとかとか思わないで欲しい。


「…ちょ、なにこれ」


車窓から視線を外し半眼になった。手持無沙汰で弄ろうとしたのだが、この折り鶴、なぜか解体出来ない。
奮闘すること数分。意味わかんない…、と早々に諦めたリョーマであった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ