〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱
□5話 初めての剣の指南
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「――――…小蔵」
「――?!」
突然傍から声がして、和(のどか)はパっと振り仰ぐ。
静かな双眸が、こちらを見つめてきていた。
剣道の基本姿勢のまま、和も思わずその瞳を見つめ返す。
別に隠れていたつもりもなく、悪いこともしたつもりはないから慌てなかったが
―――何故、斎藤が自分の元に来たのか判らず、和は黙って反応を待った。
自分がその態勢のままでいることには気づいていない。
「……足を、もう少し狭めるといい」
「は、はいっ」
思わず、バレエの稽古中に先生に注意された時のような反応をする。
返事をするより先に、足が動いた。
「…腕は、もう少し緩めろ。そんなに張っていては、次の動作ができぬ」
「はい」
「…これを」
斎藤が木刀を手渡してくる。
「…指は…そうだ。脇は締める。切っ先は己の身体の直角に」
斎藤の指示は次々と続いてゆく。
何でもない些細な事のように聴こえて、実はその全てを同時に正しくやるのは容易くない。
何の前触れもなく始まった剣の指導をしかし、和も違和感や疑問を持つことなくすんなり受け入れていた。
それよりも、初めて握った木刀というものの感触がなんだか嬉しくまたすぐ傍で聴こえる淡々とした声が、どこか心地よかった。
「……すまぬ。あんたは、病み上がりだったな」
「いえ、平気です。慣れてなかっただけなので」
かれこれ現代時間で30分ほど、斎藤による指導は続いた。
これほど無心になって身体を動かしたのは久しぶりで、和(のどか)は自分がたった数日前に吐血した身であることをすっかり忘れていた。
木刀は竹刀とは随分と勝手が違う。そもそも重さが雲泥の差だ。
これが普段の健全な身体ならまだ持ち堪えられたかもしれないが、いかんせん今の体調は万全ではない。
だが、当の本人もそして斎藤も、それを忘れるほど熱中していたようだ。
「先日も思ったが……あんたは、姿勢が良いのだな。構えても動いても、常に背筋が崩れぬ。良いことだ」
「そうですか?なら良いんですけど」
先日、というのは、あの“腕試し”という名の試合のことだろう
――そう当たりをつけて応えつつ、そうかな、と和本人は内心で首をコテっと傾げていた。自覚はないのである。
「…あんたは、剣を握ったことがあるのか」
「いや、そんな大層なもんじゃ…少し竹刀を握ったくらいで」
「…先ほど、俺の方を見ていたようだが…」
「気付いてたんですか」
「…あれだけ熱心に見られれば、誰でも気付く。あんたは剣を握りたいのか」
そう言われて、和は少し言葉に詰まる。
それは、この時代における「剣」の意味を考えたからだ。
憧れで握るのは現代人の感覚。
だがこの時代、男達は何かのために剣に命や誇りをかけて剣を振るっているはず。
ならば、ただの興味本位で自分が剣を握るのはどうなのだろう。
別に誰かに迷惑をかけるわけではないのだろうが、しかし、目の前の斎藤を始めそこに命をかける者達を侮辱することにはならないか。
けれど、幼い頃からの憧れの念も捨てられない。ただ純粋に、剣を振って見たいという思いを。
和は斎藤に、自分が思っている葛藤をそのまま素直に打ち明けてみた。
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