〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱

□6話 壬生狼の巣ではじまる稽古
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「てめえら三人の扱いは、まだどうとも言えねえが…ま、このご時世だ。身を守るくれえの術を身につけといて損はねえだろう」

「と、いうのは建前でしてね。どこかの誰かさん達が、貴方方を指南したいだとか一緒に稽古したいだとか、五月蠅いのですよ」

「なんだよ、山南さん!べつにいいじゃねえか。な、和輝」

「いや、俺に言われてもな」

「山南さんも堅い事言いっこなしだぜ。なぁ不琉木?」

「んぁ?別に俺はなんでも良いけどな」







 平助も原田もかなりノリ気だ。強制されているわけではないのだろうが、これは嫌だとは言いづらい。

 それに、何も目的もすることもない三人は、「別にいいか」という心持であった。

 特に、やる気があるのかないのか分からず飄々としている不琉木も、とりあえず退屈じゃなけりゃ良いという風情。

 配分を決めた結果、和輝には平助と永倉、不琉木には原田、和には斎藤が主につくことになった。









「斎藤さん、改めてよろしくお願いします」









 さて、ひとまず何故こちらはこの組み合わせになったのかと言えば、だ。

 先ほどこの配分を決めたのは土方なのだが、どうやら、数日前の光景を偶然にも見られていたらしいのである。

 つまり、病み上がりどころか病み途中だった和がフラっと散歩に出た先で、斎藤に少しばかり指南して貰っていた、あの光景だ。






 とはいえ、もちろんそれだけでこの決定をしたわけではない。

 斎藤の性(さが)や腕前などなど、その他諸々の要素を吟味し考慮した結果であり、数日前の光景はただの決定打に過ぎない。

 和の挨拶に軽く顎を引いて答えた斎藤だが、ふいに何か思い出したように口を開いた。








「…ところであんた、齢はいくつだったか」

「二十二」

「…」

「?どうかしました?」

「斎藤ぉー。女に齢なんざ聞くもんじゃねぇぞ?」

「…っ!す、すまぬ…」

「いえ、別にいいんじゃないですか?…って、原田さん?」











 斎藤に揶揄するように声をかけてきた原田が、つっと微妙な表情を和に向けていた。

 それに和が首を傾げていると…








「一…」

「はい?」






 なにか考え込んでいた斎藤が、ふと納得したような顔でそう言った。






「…呼び方だ。名前で、呼び捨てでいい。敬語も無用だ」

「うーん…でも」

「…俺も、あんたとそう齢は変わらぬゆえ。平助と同じようにしてくれ」

「――…お望みなら。じゃぁ、こっちのことも対等に名前で」

「…相わかった」











 満足したように、斎藤はふっと目を細めた。

 和はパチパチと目を瞬かせる。




(ん?これは笑っているのか?ていうか、
あの新選組の有名人を呼び捨てって、それこそ凄いよな……既に平助は平助って言ってるけどさ)


〜* 〜* 〜* 〜*
 

「んぁ?俺は槍なのか?」

「ああ。不満か?」

「いや?」

「お前の竹刀捌きをみて、俺が土方さんに頼んだんだよ」

「?なにをだ」

「不琉木には槍を教えてみてぇってな」

「ふーん?」







 俺は不琉木よりも頭二つほど長い槍を渡した。間に合わせだが、今はこれでいいだろ。

 やっぱ槍自体は初めてなんだな。不琉木は物珍しそうに眺め回している。








「さっき、なんで和ちゃんを見てたんだ?」

「…ん?」

「妙な顔つきだったからよ。ちょいと気になってな」







 こいつ、気付いてたのか。目ざとい奴だ。ほんの一瞬だったんだが。








「なんでもねぇさ」

「ふーん、そうか」







 大して答えを期待していたわけじゃねぇらしい。それ以上突っ込むこともなく、相変わらず飄々とした態度だ。

 そういうところ、なんとなく総司に似てるな。








「ところで不琉木。あの竹刀捌きは誰に教わったんだ?」

「教わったとして、この世にいねえんだから言ってもわからねぇと思うぜ?」







 …しまった。俺としたことが傷に触れちまったか?

 だが、不琉木の表情は何も変わっちゃいねえ。何を考えてる?読めない奴だ。







「ま、そういうなって。あれを見て、お前には槍が適当だろうって思ったんだからな」

「そりゃどういう意味だ」

「持っていたのは竹刀、つまり剣だが、お前の振り回し方は剣のそれじゃねえみてぇだ。多分、棒みてえなものだったら何でも同じようにできるんだろ?」









 闘っていた時の、不琉木の手の中で自由自在に動く竹刀。

 それが描く弧の軌道も、振り回し方も、剣とはちっと違うものだった。

 そう、剣よりも、俺が得意とする槍に近い。









「お前は身軽みてぇだし、とにかく剣よりも槍に向いてるんじゃねぇかと思ってな。ま、た試しにやってみるのもいいだろう?」








 新選組の中で、槍を本業とする奴は相対的に少ない。

 俺は、一人教えがいのある弟弟子ができたような気がして、少し嬉しい気持ちがあった。

 幸い、こいつも嫌そうな顔はしてねぇ。

 頭をぽんぽんと叩くと軽く睨まれたが、背丈は平助くらいで思わずほくそ笑む。


〜* 〜* 〜* 〜*

 
 その頃、和と不琉木とはまた別の場所で、和輝は初めて握る木刀に四苦八苦していた。

 今迄の人生で、武術とはあまり縁がない。

 学校の体育の授業で、少し柔道をやったくらいだ。

 あとはひたすらサッカー。






 脚を使うのは大いに慣れているが、どうもこういう類は苦手以前に不慣れ。

 運動神経は客観的に見ても良い方だ。けど、これは運動神経だけでどうにかなる世界ではない。

 正直、疲れるのである。









「だっから、握り方ちげぇって!」

「んなこと言ったってしょうがないだろ!」

「ちがう!そうじゃない!!背ぇ丸まってるぞ!!!」

「猫背はもともとだ!」









 ひとまずは型はあまりうるさく言わない、とはいわれたが、どうやら型以前に握り方やら背筋やら、そういうところに問題がある様だ。

 そこのところ、以前剣道を少し経験したことがあり且つバレエのお陰で背筋の綺麗な和とは大分勝手が違う。







 昼になる頃には、和輝は心身共々かなり疲れ果てていた。

 別に指導や指南が嫌というのではなく、しつこいようだが不慣れゆえの疲労感。

 かくいう和も不琉木も、やはり慣れない場所、慣れない稽古で疲れ

 …千鶴の作ってくれた昼飯が、格別に美味しく感じたのは言うまでもない。






 とはいえ、休みなく稽古をつけられていたかというとそうでもない。

 当たり前だが、ここでの主役は新選組なわけで、つまり隊士達を鍛えるのが主目的。

 道場の隅で、立ち会い稽古や試合の様子をみている時間も長かった。







 とりあえず感想を言わせて貰おう――ド迫力100%






 目が慣れてきても、剣筋を追うのも精一杯で、正直なにがなんやらわからない。

 なにより――幹部連中のそれはなんて、こっちこそ「あり得ない」と思うほどのものだった。

 迫力どころの話じゃない。







(なにこれ、え?稽古?稽古なのかこれは??)
(何やってんのかわかんねえ…)
(これはあれだな、殺し合いだな☆)
((おい))





 
 と、ふざけた目線の会話のようでいて、三人はちゃっかり鳥肌がたっていた。

 ビリビリ伝わってくる空気なんか、比喩でもなんでもなくそうとしか言いようがない。

 本物の殺気、木刀なのにひらめく軌道は銀にみえるってなにごと?と思わず突っ込む。

 真剣でないとはいえ、あれはまともに食らえば…想像したくない。いや、つい数日前に近いものを強か喰らったのが若干一名いるが。




 新選組




 他意なく言うにしても、本当に言葉通り「人斬り集団」なのだと、三人が実感した瞬間である。



 こうして



 一日はあっという間に過ぎ去り、三人が夕飯のあと即座に寝入ったのは言うまでもなかった。
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