長編夢小説

□二章
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『なんか今日ケバいな。』










仕事場に出た私へ、浴びせた店主の一言。










『三十路前だから、入念に化けないきゃでしょ。』











時間がありすぎて自ずと化粧の時間が長くなったことを、打ち消すようにオーナーへ返す。












『だな。』










と鼻で笑い、狭いキャッシャーの中でバラバラになっている書類に目を通しているこの男。

やや浅黒く焼けた肌に無精髭を蓄え、ややたるく首まで伸びた髪。
夜に働く男独特の気怠い雰囲気を纏っている。


彼は島崎という名で、歌舞伎町ではまあまあ名の通った人。


キャッチ、いわゆるスカウトマンから成り上がり、この店を経営している。


私も彼に拾われた一人だ。







手ぶらで上京した18歳の私は、眩しいこのネオン街をフラフラと独り歩いていた。










『お時間ありますか?』










あてもなく人気の多い場所を彷徨っていた私に、島崎は優しく声をかけてきた。
誘われるがままに彼に着いて行くと、そこは繁華街に奥まった小さなバー。


薄暗い店の中で、彼は名刺を差し出した後、水商売の業務的な話をしてきた。




君ならいくら稼げるとか、酒を作って会話するだけだとか
興味など一切なかったが、その小慣れたセールストークに相槌をうちながら静かにそれを聞いていた。



島崎は携帯を手に取り
そこそこ有名なクラブを紹介すると言って、そこへコンタクトを取り始める。

相手先に電話がつながるまで暫く黙る彼の顔は、一人の獲物を捉えて少し安堵したような顔をしていた。










『心配しなくていいよ、別に風俗なんかに流さないから。』











グラスに入った烏龍茶を見つめたままの私へ、そう告げながらポンと背中に手を置いた。

だが、全てを捨てここにいる私には仕事なんてむしろ何でも良くて
線引きなどあって無いようなもの。









『脱げますよ。別に。』









耳を疑ったような表情で私を見た島崎。
唐突な私の言葉に、彼は大変驚いている様子だった。


島崎は携帯を胸にしまう。
そして『なら、応援するよ。』と一言告げた。

彼とはそれから早いもので10年程の付き合いだ。
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