長編夢小説2
□四十章
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『安定期に入ったからといって無理は禁物ですよ。』
エコーを確認しながら、確実に成長している命をじっと眺める。
定期健診に来た私は、医師の話を静かに聞いていた。
結局出産を決行することに決めた。
というより、迷いながら断念できない内に時間が経ってしまっていたという方が正しい。
あの出来事から二ヶ月。
南野とは再会することもなかった。
陣は水がなくなる頃に現れ、以前のように長居することもなく魔界へ戻っていく。
ただ不思議と寂しくはなかった。
自分に宿る命が、そうさせてくれたのかもしれない。
少し大きくなったお腹は、私の身体を確実に動き辛くしていく。
それが妙に嬉しくて、感じたことのない感情が湧いたのだった。
ハッキリと表現できないが、飛影や幽助に抱くような感情に近いような感情だ。
『先生、母親って大変ですか?』
私の質問に、一瞬目を丸くしてエコーを持つ手を止めた女医。
あまりに稚拙な質問をしたことに自分でも驚く。
しかし、医師は優しく微笑み、直ぐにそれに返してくれた。
『経済的な余裕があれば、一人での育児も不安は無いですよ。
ただ、父親の存在は やはり成長過程で大事になってくる部分も大きいですね。』
産婦人科を出て、歩道を歩きながらタクシーを拾おうと手を上げたが
安定期にも入り、経済的な余裕をとの医師の助言もあってか、その手をそっと下ろした。
先日小百合から奪い取った書類に記されていた口座に振り込んだ300万は、今となっては痛かった。
子供一人を育て上げれる程の預金はまだ残ってはいるが
その300万があれば、子供に何がしてあげれることもあるかもしれないと、気が早く悔しくもなるのだった。
金に執着心のなかった私の、一つの変化だった。