長編夢小説2

□四十五章
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『そっか…。』









数日後、水瓶を抱え部屋を訪れた陣に全てを話すと、彼は小さく呟いた。
胡座をかき、俯いて鼻の下を擦る彼は、目も当てられない程に肩を落としていた。

しんとしたリビングは、皮肉にも先日訪れた南野の残り香が漂っている。









『陣…ありがとう。』









私は彼に感謝だけを伝えた。
期待に胸を膨らませ、私を支えてきてくれた彼に対し、「ごめん」という言葉だけは避けたかった。










『いいんだ。あすかが…幸せならそれで。オラは…』










感情を押し殺すように言葉を紡ぐ陣は、相変わらず顔を上げようとはしない。

最も、打ちひしがれた彼の表情を確認してしまえば 恐らく酷い罪悪感に苛まれてしまうであろう。




彼に気持ちがなかったわけではない。
純粋で真っ直ぐで逞しくもある彼に、少し惹かれかけていたのも事実である。

それは恋愛感情とはまた別のベクトルのものであった。

それを薄々感じながら、いずれそうなればいいと時間に身を任せていた。

そういう自分の愚かな思考を嘆くより、今は目の前の彼を思いやる事を優先すべきと最大の配慮をくだす。









『陣、貴方さえ良ければ 名前は楓のままにしたいんだけど、ダメかな?』










その言葉に陣はゆっくりと顔を上げた。
そしていつもの太陽のような明るい笑顔を見せて、私の目を見てくれた。










『いいのか⁉︎オラの付けた名前…⁈』










私は言葉の選択を誤らないよう、彼の笑顔を取り戻せた事に安堵して ゆっくり頷いた。










『また、陣さえ良ければなんだけど、楓を連れて空を散歩してあげたりして欲しい。』










陣は少し目を潤ませ、それからまた満面の笑顔を見せた。










『オラ、どこでも連れてくべ!
修行だってオラが…あ、それは蔵馬がやるか…。』



『どうだろうね?楓次第だよ。』










先程までの暗い雰囲気とは一変し、すっかり和やかになったリビングで二人はまだ見ぬ楓を思い談笑した。

こんなにも純粋無垢な少年が、自分を愛してくれた事など奇跡に近いと
私はひと時の幸せを噛み締めた。

そして、彼にも早くこのような幸せが訪れるよう強く願った。
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