長編夢小説3

□八十七章
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蔵馬side



ザク、ザクと土を踏む音だけが耳に響く。

だだっ広い荒野へ移動した俺は、立ち止まり心を鎮めた。



息を吸い込めば、腐った血と肉の臭いが混じる瘴気。
見渡す限り何も無い、淀んだ風景。

目の前に感じるそんな魔界の光景を、初めて美しいと感じた。

そんな気分になれたのも、愛する者の絶命を覚悟し、気が振れたからなのか。











『出てこいよ、鴉。』











そう呟いたと同時に、風に靡く銀髪をかきあげ
一輪の薔薇を取り出した。

一瞬のうちに鞭へと形を変えた薔薇は、棘で地面を削りながら むやみにしなる。











『ククク…ハハハハ…!』













虫唾が走る笑い声は、次第にクリアに鼓膜を揺らした。

耳障りなそれに嫌気が刺した俺は、聴覚と嗅覚に長けた妖狐の身体を眠らせ、南野秀一の身体へと戻す。











『相変わらずケアを怠っているようだな、蔵馬。』











ふわりと掬われた襟足に、かかった吐息。
感情を逆撫でする声。

背後に感じる鴉の存在に、気が狂いそうな程の怒りに任せ
髪でもう一本の鞭を操る。

瞬時に避けた鴉は、地面を蹴り上げ俺の髪を手離した。



振り返れば、数メートル後ろに後ずさったように片膝をつき
忌々しい長い黒髪を乱した鴉がこちらを見据えていた。

そして頬から流れた血を親指で拭い見つめた鴉は、目を細め肩を揺らす。










『クククク!流石だな蔵馬。俺がどう歓迎されれば喜ぶか、よく理解している。』











すくっと立ち上がった鴉へ、身体ごと振り返ると
向かい合った俺達の間に、ぬるい風が吹き抜けた。

その瞬間、立ち上った砂埃に身を隠した鴉は
一瞬にして俺の手から鏡を奪い、砂埃が治まったと同時に先程立っていた場所に佇んだ。

そしてその鏡を見つめながら、噛みしめるように言葉を紡ぎ出す。












『好きなモノを壊す瞬間は、何より快感だと…以前お前に話したが
好きなモノが、好きなモノを壊されていく瞬間は、より堪らないと気付いた。』












そう言って俺に向けた鏡が映し出した映像は
最早、怒りも悲しみも湧き出て来ない程に無残なものだった。



しなだれたあすかの身体は四方八方から爆破されている。

恐らくもう意識などこの世に無い筈のあすかは
それでも尚、楓を離すまいと抱きしめていた。


腕に抱かれる楓は、身動きも取ることなく
ただ、じっとあすかの腕の中で赤く染まっているのだ。












『蔵馬、これは復讐ではない。』











鏡を俺へ放り投げた鴉は、マスクを取り外す。

そして傷口から再び流れた血を、ペロリと舌で掬って見せた。











『ただの愛情表現だ。』
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