長編夢小説3

□八十八章
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『ママ…ママ…?』











生ぬるい血に染まりながら、あすかへと呼びかける楓の声。
その声も虚しく、あすかの意識はこの世のどこにも存在していなかった。

私が寝ても動いてはいけないという、あすかとの約束を守っている楓は
自分を腕に抱いたまま動かないあすかへと絶えず声をかける。











『ママ…おきて。ママ…。』











まだ生と死を理解していない楓は、あすかがただ眠っているものと思い、腕の中であすかの腹を指でつつく。

その時、その僅かな力でするりと解けた腕の拘束。

そして、ふわりと後ろへ倒れていくあすかの身体は
残りの爆弾に腕と肩を弾き飛ばされながら、ゆっくり空間に沈んだ。











『ママ?』











最早、血染められていない場所など見つからない程、鮮血に染まっている横たわったあすかの身体を見た楓は
一瞬にして湧いた不安に、堪らずあすかの膝の上から立ち上がった。











『ママっ!ち!』












その瞬間、大きな音が楓の鼓膜を突き抜けた。
焼けるような熱さが耳に走り、その後すぐに感じた抉る様な痛みに
楓は右耳を手で押さえる。











『いたいっ!』











手に伝わる耳の異常。
見れば、右手には真っ赤な血が滴る程付着していた。

爆破されて飛んだ右耳の先端からボタボタと落ちていく血液を暫く眺めた楓は
ようやく目の前に広がる異様な光景へと恐怖が生じた。


微動だにせず目を閉じたままのあすかをただじっと見つめている楓。


あすかの血染められた身体を隈なく確認した後、その身体に触れる。





当てられた手は蒼く仄かに光り、その光はあすかの身体全体へ行き渡った。

少しずつ塞がれていく傷口は、ゆっくりゆっくり肌を再生させていく。


それでも尚、息を吹き返すことはないあすかを見つめながら
絶えず治癒していく狐の子は、金色に映る動かない母親を静かに見つめている。





その無駄とも言える暖かな光は、暗く静かな亜空間の中で
神秘的に神々しく輝いていた。
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