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□たまには甘くていいじゃない
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夜は静かだ。
いつもは騒がしいこの男も、同じように騒ぐ俺も、二人とも黙って静かになる。
その間、ずっとお互いの手を握って、肩を寄せ合っている。
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好きだと言ったことはない。
言おうとしても、なかなか言えないんだ。
でも、実を言えば今日で付き合って半年を切る。そろそろ口に出して、思いを伝えないと。
そう思いながら、いったいどれほど時間が流れたのかわからない。
そうしてまた、学生としての昼間を終えて、恋人としての夜が始まる。
「……、なぁ翔太」
「ん?どうした?怜治」
優しい笑みを浮かべて、俺を見る恋人。
俺はその笑みを見て、一瞬見惚れて、また恥ずかしくなって口を噤んだ。
「……なんでもない」
こてんと翔太の肩に頭を乗せて、指を絡めて握る手に力を込める。
これだけで、好きだって伝わればいいのに。
「怜治」
「ん?」
「……可愛いな、お前」
「……どうも」
「あぁ、そうだ。怜治、今日は満月だ」
「うん……?それがどうかしたか?」
翔太は窓から見える月に視線を向けている。俺としては、月よりも俺を見てほしいくらいだけど。
……なんて。
しばらく翔太を見ていたけど、一向に俺を見てくれないから、俺も月に目を向ける。
きれいな満月だった。
「……怜治」
「ん?」
「好きってさ、なにもその言葉だけじゃないんだよ」
「え?」
なに、いきなり。心の中読まれた?
翔太はまっすぐに俺の目を見て、離れない。
なにやら恥ずかしくなって、必死に目をそらそうとするけどできず、口を開いては閉じた。
翔太はまた優しく微笑みながら、握っていた手を放して、俺を抱きしめる。
「えっ……?なに、翔太……」
「お前は根っからの理系だったよな」
「う、うん……。そう、だけど……」
「だよな」
なに!?
俺はそれより、滅多に抱きしめなんかしないお前が、俺を抱きしめてくれてることについて聞きたいんだけど!
でも静かな夜を壊したくはない。
だからひとまず、翔太に身を任せてみよう。
「怜治。お前に伝わるのかは分かんないんだけどさ」
「うん?」
ぎゅう、と強く抱きしめられて驚く。
いつもこんなことしないのに。どうしたんだろうか。
翔太の背中に手を伸ばしながら、そんなことばかり考えて、翔太の言葉を待つ。
翔太は少しためてから、ちょっとだけ照れくさそうに言った。
「怜治、月がきれいだな」
そろそろと背中に伸ばしていた手をとめた。
「……え?」
思わず聞き返したけど、意味はちゃんと分かってる。知っている。
だから、驚いて、すごく……あぁ、嬉しい。
翔太は案の定、聞き返されたのを意味が分からなかったと解釈したらしく、大慌てで訂正した。
「あっ、えっとだからそのー……意味が分からないならいいっつぅか、なんていうか、ふっ深い意味はないんだ!気にしないでくれ!」
その慌てっぷりが可笑しくて、思わず笑ってしまいそうになる。
今、お前はどんな顔をしてこれを言っている?
どんな顔をして、この言葉を言ったのだろう。
ねぇ、翔太。
背中に回していた手を下して、翔太の肩を押す。
顔が見えるように、少し離れたい。
翔太は俺の行動の意図が分からないらしく、なぜだか慌てて、俺の背中に回していた手を放した。
「あっ、えと、なんかごめ……」
「ちゃんと意味は理解してるよ」
「え」
翔太の顔は、ゆでだこみたいに真っ赤で、頬に触ったらすごく熱く、ゆだっていた。
「ね、翔太」
「怜……っ」
そっと触れるだけのキスをして、俺は笑った。今のこの幸せが伝わるくらいに。
「月よりも俺を見ろ。な?」
「……それは、反則じゃねぇの……っ」
「月がきれいとか言うからだろ。……俺は、直接言えないからさ」
さすがにじわじわと恥ずかしさがこみあげてきて、最後のほうは全然聞こえないくらいの音量で言って、翔太の肩に顔を埋めてしまった。
あーもー、くっそ恥ずかしい!「好き」って言うよりも恥ずかしいよ、バカ。
翔太とおんなじくらい、顔が真っ赤になってる俺の頭を、優しく撫でて、翔太は俺の顔を上にあげさせた。
「翔太……」
「涙目になってる。本当、恥ずかしがり屋だなぁ。怜治は」
そう言って、翔太はまた優しく微笑んで、さっきよりも少しだけ長く、俺にキスをする。
熱い。いつもよりも全然、キスが熱くて、優しくて、もうこれ以上ないくらいに幸せ。
唇同士が離れるのを名残惜しく感じながら、ゆっくり瞼をあげて翔太の顔を見る。
翔太の顔は、今まで見たことないくらい、幸せで満ちていた。
「……好きだよ、怜治。やっぱ、ストレートに言わないと、俺らしくないよな」
「ホントにな。俺はなかなか言えないから、お前が俺の分まで言ってよ。俺はその分、ちゃんと応えるからさ」
ぎゅうと、翔太の体を抱きしめると、翔太も同じように俺の体を抱きしめる。
「好き。大好きだ、怜治」
「うん。俺も」
「……たまには口でも言ってくれよな」
「……善処する」
そういって、笑い合って、その日はとても甘くて幸福な夜だった。
+++
「……にしても、お前意外と大胆な」
「なっ!?ちが、だってなんか、すっげぇ幸せっつーか、なんつーか、勝手に体が動いてたんだよ!」
「あはは。可愛いなぁ、お前はもう」
end