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□湧く殺意、希望もろとも
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 殺意塗れのあの赤い目に、俺は恋をした。

 俺はホモじゃないし、まして一度だって男と間違いをなんてことはない。
 普通に女が好きだし、女じゃないと勃たない。

 だけど。

「…………」

 ベッドの上でそっと目を閉じて、あの赤い目を思い出す。あの目に睨まれた瞬間を。

 あぁ、本当に信じられん。

 恐る恐る目を開けて、自分の股間に目を向けた。

「……マジか……」

 唸り声を上げながら、思わず腕を目元にやってしまう。
 現実から目をそらしても、何にもならないが、男で勃起したという事実から、目をそらしたくなるのも分かってほしいものだ。

 とりあえずこれをどうにかこうにか、おさめないと。
 
「…………内緒、な」

 男で勃ったのも、その男で抜くのも、内緒。
 そいつと俺、明日会うんだからよ。
 だからこれは、今日の日の俺だけの内緒だ。

 そして、俺は。



+++



 そもそもあの場になぜ俺がいたかと言えば、本当にただの偶然でしかないのだ。

 ただのバイト帰りで、その日は早く帰りたいがために、いつもは通らない裏道を通っただけで、まさか喧嘩をしているだなんて思いもしなかった。

 骨と骨が当たって、折れる音。
 苦痛で上がる声。
 たった一人の男にのされる数人の男たち。

 平凡の俺はその時に何を思ったかと言えば、“恐怖”なんてものよりも、“カッコいい”という感情だった。

 そしてその時、その瞬間に、あの赤い目に俺は殺されたんだと思う。


「…………会いたい」
「どうしたロマンチスト。運命の相手でもいたか」
「……ロマンチストじゃない……」

 大学の食堂で向かい合って食事をとる俺と友人。
 つまらなそうな顔をして俺の話に付き合っているのは、友人の戸鞠 翔也(トマリ ショウヤ)だ。
 で、友人曰くロマンチストな俺は、切崎 善二(キリサキ ゼンジ)という。
 あいにく名前ほど良いやつじゃないし、おまけにちょっとした異常性癖もちだから、厄介極まりないと、文句をよく言われる。

 ついでに危険極まりないとも言われるな。

「それはさておき、お前さ。あそこの裏道でしょっちゅう喧嘩してるやからって知ってるか?」
「そうだな。まず“あそこの裏道”がどこかをちゃんと言ってくれ」
「俺のバイトの帰り道にある、あのほっそい路地。あそこで喧嘩してるやつ」
「あぁ……」

 戸鞠は少し宙を仰ぎ、食べかけのうどんに箸をつけた。

「……うどんより俺の質問に答えてほしいんだけど」
「そうだな。俺のこの行動を見て察してほしいな」
「は?」

 ずずーっとうどんを啜った後、いつになく真面目くさった表情で、


「つまり知らないってことだよ、バカ」


「あー、なーる……っておいこら」
「んだよ。喧嘩なら飯食ってからな。ただし口喧嘩で」
「……勝てる見込みねぇじゃん」
「だから言ってるんだよ。バカ。

 んで?その不良集団の誰かに恋でもしたか。ロマンチストホモ」


「は」


「不良ってことは男で、どうせバイト帰りに喧嘩してるの見たんだろ。
 んで、流れる血にでも興奮したか?
 もしくは睨まれた瞬間に屈服させたいとでも思ったか。
 どっちにしろ変態には変わりないがな。
 サディスト、ヘマトフィリア、加虐に血好きってドン引きだな」

「…………くそエスパー……」

 あーはいはい、そうですよ。
 どうせ俺は変わった性癖もちの変態だよ。バーカバーカ。
 ……とは怖いから言わんけどさ。

「分かってんなら教えろよ。知ってんだろ」
「知ってるとは言ってない。ただ」
「わかったよ、奢る」
「さすが、善二。話が早い」
「で?教えろよ」
「つっても大した話じゃないがな?
 俺だってお前のバイト先に行くときにたまたま見ただけだし」
「いいからさっさと言え!」

「はいはい。たぶん、あそこでよくケンカしてんのはお前の探してる奴じゃあない。
 あいつらはグループだからな。
 大方そこに連れ込まれたか、もしくは血の気の多いバカが一人で突っ込んでいったかのどっちかだ」

「で?お前は俺の探してるやつに心当たりは」

「あのなぁ……」
「あ?」

 そこで戸鞠は呆れたように俺を見た。
 
「俺はお前からそいつの外見だとか手がかりを、一度も聞いてない」
「だから?」
「だからってお前な……。手がかりなしでどうやって探せっていうんだよ!」
「あ、すまん。つい本気で聞いてしまった。お前エスパーだから」

「俺にそんな超人的な能力はない」
「嘘だ」
「…………で。そいつの外見は?」
「目が赤い」
「カラコンか?」
「知らん。髪は茶色、ピアスが多い、ちゃらい、スタイルがいい、ヤンキー。これでどうだ」
「どこにでもいそうだな。最近はそんなんばっかで物騒な世の中だよな」
「目が赤いってのは有力な情報だろうが」
「かもしれんがなぁ。あー……、あれじゃねぇの」
「あれって?」

「最近話題の狂犬。暴れ馬?だっけ、まぁどっちでもいいけど。そこら中の不良グループ蹴散らしてるってやつ」

「あぁ、聞いたことあるわ」

 なんでも一人で十数人の不良グループを蹴散らしているだとかなんだとか。
 あくまで噂で、尾ひれも背ひれもついていそうな話だけどな。

「そいつと俺の愛しの君が同じやつ、と」
「愛しの君ってなんだよ、きめぇ」
「うるさい。ふむ……じゃあ行くか」
「……おい、バカロマンチストホモ」
「なんか追加されてねぇ?」

「まさかとは思うが、そいつ探しに行くために殴り込みしに行くんじゃなかろうな?」

「まさにその通りだが、問題でも?」
「馬鹿だろ、お前」
「大真面目だ。いけるいける」
「引退したよな、俺たち。で、こんな頭いい大学は入れてるわけだよな?」
「そうだな」
「それで問題起こしてみろ?高校じゃあ甘んじれたけど、こっちはアウトだ」
「戸鞠……俺のこと心配してくれてんのはありがたい。

 が」

「あ?」

「ばれなきゃいいっていう格言がある」

「んな格言はねぇよ!!このバカが!!」


 その日、食堂では一発張り手を貰った俺と、ご立腹の様子の戸鞠の姿を何人もの学生が見たという。
 

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