hourglass
□水時計
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よくある話だ。
勘違い、そして殺意、狂気、
それから行き過ぎた行動に出る人間は沢山いる。今のこの面倒なことこの上ない出来事もその一部に過ぎない。
ぽたり、と赤い雫が彼が持つカッターナイフと僕の右手の狭間から溢れ落ちる。赤いな、と思いながら自分の右手を眺め感じる痛みに生きていると実感した。
「何で…何で……貴方が、そこにいるんですか。貴方は…そこにいるべき…じゃないんですよっ…!?」
ぱしんっ、乾いた音と共にその場が静まりかえった。それは僕が彼に平手打ちをしたからだ。彼は驚いた様子で自分の頬に触れていた。
「え…?」
「…いい加減に、しろよっ!何処にいるか。なんて僕が決めることだ!!アンタが決めることじゃない…。」
しまった。とは思った…だが時、既に遅し。酷く周りの空気が動揺に近いものだった。そして、何故か知らせていない筈の警察が到着し男を連行した。恐らく、誰かが連絡したのであろうか。
「熾鵺さん……何かあったのですか?」
「何でもないよ。」
「…答えなさい、熾鵺さん。」
駆け寄ってきた彼女、美緒のその言葉に周りに再び沈黙が走る。沈黙を最初に破ったのは僕だった。僕はこういう雰囲気が苦手だ。つまりどうでも良くはあるが面倒なのである。
「めんどくさ……説明するから、今から家に来なよ。」
「…わかったわ。」
少しばかり迷う素振りを見せてから提案を投げ掛け応じてもらった。でも、最初の台詞が気に食わなかったらしく不機嫌そうに顔を顰めていた。
「…幹彌さん、ただいま。あの部屋借りるよ?」
「…別に俺に許可はいらないぜ。」
「…いたから。一応」
「ん?…あぁ、その様子だと何かあったみたいだな。まぁ…青龍の嬢ちゃん、ゆっくりしていってくれや。」
リビングに居た、僕の父親である幹彌があっさりと何事もないかのように僕達に笑いかけた。
「…よく、解ったな?」
「どういう事?」
「雰囲気で解るよ。」
「そう…。」
まぁ幹彌さんらしいかな、と思い美緒に此方へ来るように促して階段を登り部屋に入った。
「幹彌さん、て…誰よ。」
「僕の親だよ。」
「…お父さんなのに何で名前で呼ぶワケ?」
部屋に着くなり美緒には質問攻めをされていて若干苦笑いしながら僕はちゃんと答えた。
「…その方がしっくりくるんだよ。まー立場上はお父さんだけど、実の親じゃないんだ。」
「つまり、引き取られたって事…?」
「そ。僕は孤児院の子供だったからね。そこから幹彌さんが跡継ぎを僕に選んだって訳。」
ぴっ、と人指し指を立てて机にあった僕の資料を取り出して見せた。
「……いやいや、待ちなさいよ。跡継ぎ、って何?」
「…美緒ちゃん、もしかして知らなかったのか?」
確かに偽名で通ってはいたけど割と知る奴ぞ知る、って感じだから美緒が知らないのには少し驚いた。
「ちゃん付け、って…それより何を?」
「つまり、僕は花椿家の跡取り息子なんだよ…?」
僕は溜め息を一度吐いてから美緒に核心に当たる一言を言い放った。美緒はらしくもなく口をあんぐりと開けて固まる。
「…あ、んた…今まで一度も…。」
「…面倒だったからね。」
「だから、って…。」
「つか、どうでも良くね?僕が跡取りだろうと。」
まあ、確かに僕が極道を継ぐって大変なことかもしれねーけどさ。僕としては大したことじゃない。ふーっ…と長い溜息が聞こえた。
「……私は良くても、お父様やお母様はどうかしらね。」
誰にともなく呟く彼女はいつも通りだと思った。いつも彼女は家族を重んじて僕の身を案じる癖がある。それはとても大変なことだと思う。普通なことが僕達には難しいのだ。
「せやな。僕はどうでも良いけど周りに気を付けえよ。」
面倒事は堪忍だ、と告げれば不満そうに口を尖らせた。どうやら最後の発言がまたしても気に食わなかったみたいだ。
「兎に角、帰りは送る。」
立ち上がり部屋から出るように促してから自らも外に出た。外はすっかり真っ暗で蛍光灯がちらほらついているだけだった。
「…ありがとう。」
何が、とは聞かずにただ頷く。その理由はなんとなく察せるからだ。ついでに言うと大したことではない為、無関心でもある。
無事に彼女を送り届け僕はもと来た道を戻るように足を向ける。但し、目的地は違う。ある病院だ。そこへ行くそんな最中、漠然と昔の出来事を思い浮かべた。