hourglass

□砂時計
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ふと意識が浮上する。遠くで話し声が聴こえる。覚醒しきらない頭で周りを見渡すと教室だった。教室?と首を傾げた直後、全ての意識が覚醒した。そうだ。俺は、教室で眠くなり少しだけ眠るつもりだった。
………夜じゃねぇかっ‼︎
辺りはすっかり真っ暗で夜という感じだった。だが、再び微かに耳に届いた話し声に動きを止めた。声のする方、廊下側に目を向けると夜颶海葵ーーー生徒会長がいた。酷く真剣な顔をして誰かと対峙しているように見える。反対側を見ると黒いフードを被った大人ぐらいの身長をした人がいた。
慎重に音を立てないようにしゃがみ込み廊下の壁側に耳をくっつける。これは単なる好奇心だ。なんだか盗み聞きのようで気が引けるが、気になってしまったものはしょうがない。壁側の音に耳を傾ける。

「…俺を、恨まないのか?」

「私は恨まないよ。」

「何故だ。」

「……君は命令されただけだから。」

「だとしても、お前を殺したのは俺だ。」

壁際で密かに俺は目を見開く。言葉が理解出来なかった。出来る筈もない。葵会長は存在しているのだから。その上、今は彼は見知らぬ男と話をしている。殺されたのだったら会話が出来る訳がない。

「茜の側にある”アレ”は人工知能を搭載された精密なサイボーグーーー人造人間だろう?」


理解が及ぶ筈はなかった。人工知能?サイボーグ?人造人間?普通は聞かない言葉に呆然とする。俺の親父は極道の夜颶海会の会長補佐だ。だから、普段聞かないことを聞くこともある。だが、これはない。

「……ま、うちのメカニックが作成したものだけどね。」

「俺は、」

「……二人は不要だったんだよね。わかってるよ、それに茜を殺そうとすれば犠牲が多くなる。」

どういう意味か全くわからなかった。だが、聞く術もない。なんとなく、これは聞いたらやばい話だとはわかった。

「それが俺には理解出来ない。」

でも、身体が動かない。

「そうだね。私もそう思うよ。」

頭の中で警鐘が鳴る。

これ以上聞いてはいけない、と。

これ以上聞いたら戻れなくなる、と。

「茜はいつも普通を求めていた。」

「普通…を?」

「うん。そうだね、君がまだ引く気はないと言うならば……もし”アレ”が茜に弓を引いたら何としてでも破壊して。」

破壊……。恐らく彼らが話しているのは葵会長のことだと思う。弓を引く、なんて有り得ない。それに今話している彼の顔は葵会長が夜颶海茜に向けるものと全く同じ、優しい笑顔だったからだ。別人……サイボーグには到底、見えない。

「……わかった。」

「頼むよ。……それから、大事なものがあるならそれだけにした方がいいと思うよ。自分の守るべきものを見誤るな。」

あの平静な表情から予想もつかないし聞いたことがない大きな声にびくり、と肩が震えた。

「……消えた、か。大事なもの……だとすれば彼奴か。」

静かになり呆然と呟く声が聞こえた。かつかつと足音が遠ざかる音に耳を澄ませる。ずるずると床にへたり込んだ。ぴかぴかと携帯が光る。秀さん、という名前を確認してから通話ボタンを押し携帯をゆっくりと耳に当てた。

『おせぇ。』

機嫌の悪さが滲む声音に苦笑する。随分と心配をかけていたみたいだ。

「ごめん、ちょっとヤバかったんだよ。」

『寝過ぎたんじゃねぇの?』

「……それもあるんだけど、さ。」

『…今直ぐ行く。』

プツリと電話が切れる。というか、秀さん場所わかってるのかよ?まあ、いいや。壁に背中を預けて息を吐いた。今まで水の中にいた気分だ。何だよ、あの息苦しい空気。しかも、夜颶海茜と夜颶海葵、それからあのフードの男。意味がわからない。しかも、夜颶海茜は普通を望んでた、だぁ?……いや、待てよ。彼奴、見た限り葵会長とは落差が有り過ぎる。二人の見た目は泣きボクロ以外は同じで普通。茜の方は成績も友好関係も普通……
は?いくらなんでも全てが普通って有り得ないだろうがよ…。

「薙っ!」

ばんっと扉を荒々しく開く音がしたと同時に秀さんが教室に入ってきた。

「……葵会長が、人間じゃねーかもしれない。」

煮え切らない思考のまま力なく呟く。目の前で息を呑む音が聞こえた。恐らく、理解出来ないのだろう。実際、聞いた俺でも理解不能な言葉だった。そのまま今あった出来事を連ねるように言葉を紡いでいく。夜颶海葵会長とフードの男のこと。そしてそこで聞いてしまった言葉。それから導き出される結論のこと。

「ありえない……。」

「俺もそう思う。だけど、」

「茜先輩のことは嫌いだけど、気になるということか。」

微かに頷く。なんだかあれ程、毛嫌いしていた筈なのに気になっている。苛々を隠すように窓の外を見た。窓の外はやはり真っ暗だった。それでもその空色は何故か不穏な雲行きを表しているようで胸騒ぎが止まらなかった。
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