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MY FATHER,MY BABY T
「本当の親を知らない」
これは物珍しい話ではない。
世の子供たちの約8割は、人工授精(AID)により出生している。
一昔前は非人道的とされていたことが、今の日本では当たり前のように行われている。
未だ疑問視する声もあるが、これも極わずかな少数派意見として、政府にねじ伏せられる。
恐ろしい話で、正規のルートで誕生した子供の方が、むしろ肩身の狭い思いをしているのではないか。
人間とは不思議なもので、正義は多数決で決まると言っていい。
“真の血統”という恩恵を受けた者たちは、虐めとまでは行かないが(昔に比べて虐めは減った)、
AID当事者らの輪から自然と外される、という傾向にある。
「土方さ、お前じぶんの母親を探したことってある?」
休み時間、高杉が隣の席の土方に、ふと投げかけた言葉だった。
「何だよ急に」と土方は眉をよせる。
高杉と土方は高校からの仲で、まだ三年目だが、
入学当初、校内の喫煙所(この時代は高校生から喫煙出来る)で意気投合し、偶然にも、3年間クラスが一緒だった。
苗字のせいか、席も隣か、斜めなど近いことが多い。
二人もまた、“多数派(AID当事者)”に属していた。
高杉には本当の父親がおらず、土方には本当の母親がいなかった。
「本当の親なんて、考えたこともねえよ。てか普通じゃん。別に何も不自由してねえし…血縁なんてどうでもよくねーか?
お前だってそうだろ?」
「んー…そうかも」
「なんだって急に、思いついたみてえに」
「何となく…いいや、忘れてよ」
高杉は誤魔化すように流した。
“本当の親”について無関心な子供は、土方に限ったことではない。
こうした関心は、暗黙のタブーのようなものだった。
「それよりさ、抜きに行かね?」
土方は肘で高杉をつつく。
“せフレ”なんて単語も、死語に近いと言っていいくらい、友達同士の情交も、後ろめたいことでも何でもなかった。
昔で言う、連れションみたいな感覚だ。
「ん……っ、ぁ…ぁ…んっ」
男子トイレで、高杉の喘ぎ声は控えめに響いた。
途中で他の生徒も入ってきたが、誰も気に留める様子はなく、用を足したらさっさと出て行った。
「狭いよなお前……すぐイケるから助かる」
「よく言われる……っんっ…」
「銀八センセに?」
その名前を意地悪のつもりで、土方は高杉の耳元に囁く。
この教師の名前を出せば、高杉の具合が良くなるのを知っているから。
「やっぱ恋人は違えよなー…俺も近藤さんとする時は、すげえ興奮するから…分かるわー」
誰とでもセっクス出来る時代にはなったが、その中でも、線引きはあった。
“恋人”というグレード。
高杉には、クラスの担任である坂田銀八と、土方にはクラスメイト兼、幼馴染の近藤がいる。
銀八との出会いは高校2年時で、彼がクラス担任になったことが始まりだった。
教師と生徒が、肉体関係に発展することもよくある話(銀八と高杉が、10程度の年の差であったこともある)で、
銀八も高杉も、ひと目でお互いが気に入り、ある日保健室で身体を繋げだ。
それは、知らないセっクスだった。
気持ち良いものだとは知っていたが、セっクスで満たされたのはこれが初めてだった。
彼の愛撫は激しかったが、それを通り越して死ぬほど優しかった。
「好きだ…俺と契ってくれる?」
“契り”とは“恋人”になるということだった。
幾度となく肉体遊戯は経験してきたものの、“契り”を求められたことは一度もなかった。
そうか。これが線引きなんだ。これまでの遊戯とは全然違う。
一方的でもなかった。高杉は銀八に対して、他の男には抱かない、特別感はあったから。
「ん、いいよ…」
「まぢで。よっしゃ」
大きなリアクションではなかったが、嬉しそうな顔をしていた。
胸にじわりと温かみが広がる。居てもたってもいられない位の。
*
「部活行ってくるわ」
6時間目が終了し、教室掃除も終えた後、土方は道義類一式と竹刀を持って、高杉に手を振る。
「おう」と軽く挙手してやると、急に思い出したように土方が慌てて、「あ、現代文の宿題、明日見せてくんねっ?」
と懇願してきた。
部活の後、たぶん近藤と夜を更かすのだろう。「いいよ。その代わり、奢りな」
帰宅部の高杉は、そろばん塾(幼児期から通っている)がない日は、たいてい職員室に入り浸りになる。
銀八の仕事を手伝う為だ。
手伝うはある意味口実で、さっさと終わらせて、二人の時間を作りたい。
「晋助、あとコレ頼める?」
「…俺が採点していいの?」
「いつも頼んでるだろ。コメントは俺がテキトーに書いとくから」
「ふーん」
作業自体は至って簡単だが、クラス全員の点数を把握できるというこのポジションも、優越感というよりは、
半分罪悪感だ。
「なあ…」
「ん?」
「…いいや後で」
「気になるだろ」
作業に追われている銀八が、初めて高杉を見てきた。
今朝の土方に投げかけた質問が、ふと頭を過ぎったのだ。
「大事な話か?」
「うん……」
「怖いな」
「別れるとかじゃねえから…」
「ん、ならいい」
銀八が心底安堵したように肩を下ろす。ちょっと嬉しい。
他の職員(校長等もいる)がいるにも関わらず、高杉は銀八に寄りかかった。
「あとであとで」
頭を少し撫でられ、小声で言われる。
彼も教師の端くれで、さすがに周りの目が気になるのか。
そこは譲歩。高杉は定位置に戻り、同級生のテスト用紙に赤ペンを入れる。
仕事量は多かった。
効率が悪いわけでもなさそうだが、地道ではなく、溜め込むタイプだった。
それでも仕事をしている時の銀八を見るのは、悪くない。
「終了」
書類を束ね、机上でトントンとまとめる。
職員室には既に二人しか残っていなかった。
ふと、銀八の腕が高杉を抱き寄せる。
「ここでヤっちまうか」断れるはずもない。
公認の仲とはいえ、さすがにバレたら怒られるだろう。
そうした環境は良い興奮剤だった。
下半身を晒した高杉は、銀八の机に乗り上げ、足を開き、銀八がそこに顔を埋める。
一度イくまで、性器を口と舌で吸われた。
「我慢してたのか?こんなに出して…」
「ん…う…」
銀八の口内に放った精水は、すぐに高杉の口に移された。
自分のものを飲み込むのは好きではないが、銀八の希望なら仕方ない。
彼はズボンの中から自身を取り出し、恋人の手に握らせる。
「銀八こそ…ビンビンだし」
「さーて、誰のせいでしょう」
唇を塞がれ、舌ごと吸われる。
濃厚なキスをしながら、銀八の手は高杉の上の制服をはだけさせ、綺麗な桜色の実を指で弾いた。
高杉は与えられる刺激に身悶えながら、銀八の男根を扱いた。
限界一歩手前までの硬さになると、銀八が高杉を抱き下ろし、近くの壁に手をつけさせる。
高杉は呼吸を乱しながら、ゆっくりと尻部を銀八に差し出した。
首を傾けて、後ろの彼を伺いみると、彼は自らの指に唾液をたっぷりつけ、それを高杉の中に埋め込んだ。
「ぁぁあ…っ…っっ……」
いきなり二本の指でも受け入れてしまうほど、高杉は銀八の前でだらしなくなっていた。
指の滞在時間は短く、すぐに本命が役変わりをしてきた。
「びしょ濡れなのに狭えな……すげえ、気持ちいい…っ」
「銀…ぁっ…ゆっく、り……うんンっ……」
「やだ」
子供っぽい口調で言うと、銀八は小刻みに腰を揺らしてきた。
奥に行き届きそうで届かない歯がゆさに、肉体は燃え狂うばかりで、高杉は恥ずかしさを忘れて、
声をよがらせた。
自分の声に感じてしまうくらいだった。
イキそうになると、銀八のはちきれそうな男根が引き抜かれる。
銀八は椅子に座り、「おいで」と両手で高杉を手招いた。
向かい合う形で、高杉は銀八の膝上に乗る。
すぐに硬いモノが高杉を犯し始める
先程にも増して、凄まじい抜き差しをされ、高杉の声は哀願を交えながらの絶叫に変わった。
「イイっっっ、イイよおっ」
銀八とのセっクスで、心が取り残されることはない。
心ごと喜悦に飲み込まれて、高杉は銀八にしがみついた。
「はは、かわいい」銀八は獣のごとく高杉を喰らいながらも、時おりそう言って、高杉を慈しんだ。
「銀、イっていい…っ?ねえ、イっていいっっ?」
「ダメって言ったら?」
「イジワルっ」
「オーケー。俺もイキそう」
そこから終わりまでの数十秒は、恍惚のひと時だった。
お互い腰を振り立てながら、嗄れそうな喉を絞り、陶酔にまみれた声をからめた。
*
「帰んねえと…」
どれくらいこうしているだろうか。
高杉は銀八の膝の上で、半分眠りについていた。
服は脱ぎ捨てられたまま、下半身は白濁でドロドロだった。
「疲れた…銀八、服着せて」
「…もう一発ヤることになんぞ」
「それは無理…からだ、痛い」
挿口はやや切れており、足は痺れていた。
「そういや、さっき何か言いかけてただろ。大事な話って」
「……あー…」
「……どうした?」
悩みでもあるのか、と銀八が真顔を近づけてくる。
今の今まで、銀八にこの質問を投げかけたことはない。
土方に初めて言ったくらいだ。
本当は議論されて然りの、持って当然の疑問なはずなのに、それを良しとしないこの世界。
ある日突然生まれた小さな疑問は、高杉の中に燻り続けたまま、表に出されることはなかったのだ。
「……聞いていい?」
「どうぞ?」
歯切れの悪い高杉に、銀八は首を傾げた様子だ。
どんな顔をするだろう。そもそも銀八にこの話題は、土方以上にタブーかもしれない。
銀八には両親がいなかった。親の本物も偽物もなく、宛すらもない。
幼少期は孤児院で暮らしていたらしいが、その詳細を本人はほとんど覚えていないと言う。
覚えていないのではなく、無理やり忘れた可能性もある。
「銀八…本当の親に会いたいって、思ったことある?」
「え?」
その一瞬、銀八の表情がこわばった。
やっぱりまずかっただろうか、と高杉の中で冷や汗が滴り落ちる。
「ごめん、変な質問して…おかしいよな。はは」
「………」
「別に普通のことだもんな…こんなこと考えるなんて……やっぱ、変だよな」
後悔の念がどんどん増幅し、すぐにでも帳消しにしたい気分だった。
懸命に笑い飛ばそうとしたが、銀八は深刻な顔をしたままだ。
「ご、ごめん…本当に」
「…いや、怒ってねえよ別に」
弱りきった恋人を見かねてか、漸く銀八が口を開いた。
「ちょっと驚いただけだ」彼の手は高杉の頭をあやした。
「……変?俺……」
「変じゃねえよ。エロいけど」
冗談交じりに笑みを浮かべた銀八に、ほっとしたと共に、グーが出た。
すぐさまそれは銀八の手の中に収められる。
「何でそんなこと思ったんだ?」
声音は優しかったが、何処か慎重な姿勢が伺える。
言葉を選ぼうとすると、何も出てこなくなる。明確な理由はない。
「…何となく……小さい頃から、ちょっと気になってて……」
「そっか……」
「誰も言わねえから、こういうの…言っちゃいけねえことなのかなって…今まで黙ってた…」
「…まあ、いい事ばかりじゃねえかもな」
「…やっぱり、間違ってる?」
肯定しようとしない銀八に、高杉は初めて溝を作ってしまった気がして、不安になる。
何が正しく何が間違っているのか、自信が持てないうちに、地雷を踏むべきではなかった。
「そんな怯えんなよ、バカ」
銀八がくしゃっとした顔で、高杉を抱きしめた。
不安感は、涙となって溢れてきた。
「……こんなこと、聞いたら……嫌われるって思った……っ」
「無え無え。間違ったこと言ってねえじゃん、お前」
「…そう、かな……」
「そうだよ。頼むから自分には自信持ってくんね?惚れた俺がバカみたいだろ」
銀八の抱擁に、高杉は泣くのを止められなくなった。
深刻な悩みでもない。ただ、ずっと引きずってきただけで。
物心ついた時に、人工授精家族のことも知った。
自分の家もそうだと、母親が言っていた。呼吸をするように告げられた。
血の繋がりのない父親を見て、「自分のパパは本当のパパじゃないんだ」と。へえ、そうなんだ、という程度に。
育ての父親は優しかったし、虐待とは無縁だった。
高杉も父親に懐いた。母親は少し厳しかったから、隠れてお小遣いをくれたり、甘やかしてくれる父親のことが、
とても自然な成り行きで好きだった。
その一方で、「でも本当の父親じゃないんだな」という現実が、いつも隅でぶらさがっていた。
そのことで反抗したり、問い詰めたこともなかったが、年を重ねるにつれ「本当の父親は誰なんだろう」という疑問が、
はっきりと輪郭を作っていった。
どうして誰も、おかしいって言わないんだ。
一番仲の良い友人でさえ、大したことじゃないみたいに受け流した。
ニュースで偶に取り上げられ、批判されている少数派の意見に、高杉はむしろ賛成だった。
「でも…世の中には知らねえほうがいいこともある」
腕の中の恋人に、銀八は言い聞かせるように呟く。
「これは俺個人の希望だけど…」
高杉を抱く力が強まる。
「お前に父親探しをしてほしくない」
高杉は伏せていた顔を上げた。
どうして、と言葉で発しない代わりに、視線で訴えた。
銀八は悲しそうな顔をした。
「何か…お前って繊細だから、傷つくの目に見えてんだよな……」
「…………」
「傷ついてほしくねえからさ。知らないまま幸せなら、そっちのほうがいい。俺はこのままのほうが……」
言葉はそこで途切れた。高杉の頭は再び腕の中に包まれる。
「わざわざ傷つきに行くなよ…な?寂しいなら、俺が愛してやるから」
「銀八…?」
どこか違和感を覚えながら、高杉はそのまま抱きしめられていた。
銀八の愛情は痛いほど伝わってくる。疑いようもない、両親以上に慈悲を受けることだってある。
敢えて危険信号を渡ろうとする高杉を止めたい銀八の心理は、理解できなくもない。
理解できなくはないが、その一方で、銀八自身が、それに怯えているようにも取れた。
「……でも、俺……これからも、探しちゃうと思う……」
「……そっか…」
否定はされなかったが、銀八の腕は僅かに震えていた。
「……その時は、しょうがねえよ。止める権利はねえしな」
銀八の声は笑っていた。本心を覆い隠すように。
時計は8時を回っている。
(そうだ…土方に宿題、頼まれてんだ…)
現代文は銀八の専門だから、最悪手伝ってもらえばいいと、ぼうっとした思考で、ふとそんなことを考えた。
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