short story

□ヤマブキでの攻防
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 ──ドスン……ドスン……

 地響きにも似た大きな音が聞こえる。その音と悲鳴を頼りに駆けつけると、そこには人が密集し、皆同じ方へと顔を向けていた。何かトラブルが起きたことは明らかだった。

「どうされました?」

 人だかりの後方にいた男性に声をかける。

「そ、それが……いきなり変なロボットが現れてポケモン達を吸い取って行くんだ!」

「何だって!」

「……は?吸い取る?」

 ポケモン泥棒が現れたと聞かされたサトシは、許せないと言わんばかりに眉を寄せる。反対にコノハは、なぜそんなロボットが出現しているのか理解が追いつかなかった。
 人混みを掻き分け中央に出れば、巨大なロボットが、大きな長いホースを使ってどんどんポケモンを吸い取っている光景が目に入る。唖然とそれを眺めていると、ロボットの中から「ハーハッハッハ!!」と高らかな笑い声が響き渡った。

「”何だって”と言われたら」

「答えてあげるが世の情け」

 ロボットから姿を現したのは、青い髪の男性と赤い髪の女性。恐らくこの二人がポケモン泥棒の犯人だろう。その証拠に、彼らの服には胸元に大きくRと赤い文字が刺繍されている。

「ムサシ!」

「コジロウ!」

「銀河を駆けるロケット団の二人には」

「ホワイトホール白い明日が待ってるぜ」

 スラスラといつもの台詞とポーズを決めて、2人組はムサシとコジロウと名乗った。

「ロケット団!またお前らか!!いい加減しつこいぞ!!」

「……また?……しつこいって?」

 サトシにとっては見慣れた日常の光景だが、コノハにとっては何故サトシと悪の組織であるロケット団と顔馴染みなのかが謎である。

「いつもいつも俺のピカチュウを狙って来るんだよ!」

「…………へー、健気なことですね」

「何だ!その棒読みは!!」

 無表情でロボットの上に立つロケット団を見上げ、冷ややかな視線を送ればコジロウが不満の声を上げた。

「あれ、そういえば一人足りないような……」

「ぴかちゅ……?」

 いつも二人と行動を共にしているはずの喋るニャースが見当たらないため、サトシとピカチュウは不思議そうな顔をする。

「ニャースは今……ってそんなことはどうだっていいのよ!やるわよ、コジロウ!」

「おう!」

 ムサシとコジロウはロボットの中へ戻り起動させる。再びホースはポケモン達を吸い込み始めた。トレーナー達は身動きも取れずパニックに陥っている。

「早く奴らを止めないと!」

「ぴぃか!」

「しょうがないから僕も手伝うよ。君だけじゃ頼りにならないからね」

「何ィ!!」

「2人ともうるさい。状況考えて」

「「……ゴメン」」

 さっきよりも鋭い睨みを利かすコノハに二人は再び縮こまった。

「…………もういい。ここは私がやる」

「え、コノハが一人で?」

「危険だよ、コノハ。僕達も……」

「こんな大勢の人がいる中で、あの巨大ロボ止められるの?その上こんな街中……2人には条件が悪い。それに、こういう時のための探偵でしょう。だから、黙って見てて」

 真剣な表情で、いつもよりもトーンの低い声で言い放つコノハの姿に、二人は何も言えなかった。まだ見習いだが、それでも彼女から感じられるのは、プロのような貫禄だったから。

「……サトシ、ここはコノハに任せよう」

「え、でも!」

「僕らが出る幕じゃない」

 周囲の状況と環境からコノハに任せるのがこの現状で正解だと判断したシゲルは大人しくモンスターボールを腰に戻した。
 サトシは納得のいっていない様子だったが、自分よりも頭の良い二人が同じ判断を下したのならば、それに従うべきなのだと言い聞かせ身を引いた。
 二人が少し離れた場所へ移動したことを確認し、コノハは自分のポケモンへ向き直る。

「……みんな、準備はいい?」

 コノハがそう聞けば、フシギソウを始めとした五匹はしっかりと首を縦に振る。それを確認したコノハは巨大ロボを見据える。

「走って!」

 合図を出して一斉に走り出す。
 真っ直ぐにロボットへ突っ込んで行くコノハの行動にサトシとシゲルも驚愕した。いつもであれば、なるべく慎重に物事を進めるというのに、今回はそれとは真逆の行動をとったのだ。

「あらあら、装備も無く突進して来るなんて。返り討ちにしてやるわ」

 ムサシがホースをコノハに向けて操縦する。このホースはポケモン達を吸い取るだけでなく、いざという時のために攻撃できる仕組みにもなっているようだ。

「どろばくだん、発射!」

 コジロウが声を上げ、ボタンを押す。ボンッと大きな発破音と共に大きな泥の塊がコノハ達に襲い掛かる。
 しかし、彼女たちは涼しい顔で、流れるように、軽やかに、ロケット団の攻撃をかわしていく。

「……フシギソウ、”つるのムチ”」

 コノハの指示に従って、技を繰り出したフシギソウは、それをホースに巻き付け動きを止めた。

「”やどりぎのタネ”!」

 しかし、油断は禁物だ。コノハは瞬時に次の指示を出す。フシギソウが放った”やどりぎのタネ”は、ホースの入口を塞ぐようにまとわりついた。これでロケット団の動きと攻撃を封じた。
 自分たちが置かれている状況を理解し、ムサシとコジロウは焦りを見せる。コノハはその隙を見逃さない。

「バタフリー、”風起こし”」

 地面に向かって放たれたバタフリーの強風が、砂を巻き込んで吹き荒れる。まるで”砂嵐”のように。

「そのまま”サイコキネシス”!」

 砂を巻き込んだ風起こしが、サイコキネシスに操られ、ロボットを取り囲むように砂の壁へと化す。これで奴らの視界と退路を塞いだ。

「へっ……?えぇ!?」

「ちょ、ちょっと!?どうなってんのよ!?」

 ロボットからダダ漏れの情けない声から、慌てた様子が丸わかりだ。

「プリン、”気合いパンチ”。ロコン、”穴を掘る”」

 地面へ潜るロコン。ロボットの真下へとロコンが移動している間に、プリンは気合いを溜めて攻撃準備に入る。そして、2つの技が同時に発動した。
 真下と真正面から与えられた攻撃に耐えられず、ロボットはバランスを崩し、とうとう倒れ込んでしまった。

「す、すげぇ……」

 それは、自然とサトシの口から漏れ出た言葉だった。コノハの的確な指示とポケモンたちの連携は、見事と言わざるを得ない。
 ロボットを囲んでいた擬似”砂嵐”が消える。砂のシールドが消滅すると共に、コノハはイーブイを連れてロボットと距離を詰めた。

「こんのジャリガール!」

「これでも食らえっ!」

「……無駄。バタフリー!」

 反撃するために無理やりロボットを動かそうと、ムサシとコジロウはハンドルに手を置く。しかし、コノハたちの方が早かった。バタフリーの”サイコキネシス”が、再びロボットを襲う。
 地面に体を強く押さえつけられ、ロボットはもう動けない。どれだけロケット団がハンドルを回しても、バタフリーの技には敵わない。

「ロボットの生命線は、これかしら?」

 ロボットへ登ったコノハが見つけたものは、小さな黒いコードだった。それを指で摘み、まじまじと見る。

「あ、ああ!?」

「それはっ!!」

「…………」

 ロケット団の声も華麗にスルーし、コノハは無表情でイーブイに指示を下す。

「……イーブイ、”噛みつく”」

「いぶっ!」

 コードに噛み付いたイーブイは、思いっきりそれを引っこ抜いた。
 直後、ブォン……とロボットから機械的な音が小さく鳴る。赤く、怪しく光っていた目のランプも消えた。それは、ロボットの動きが完全に停止したことを表していた。
 ロケット団の2人は、ロボットの中でこの危機的状況に縮こまっている。冷や汗をダラダラと流しながら。

「さて……」

 ロボットの上に乗ったまま、コノハは未だにロケット団を押えつけるバタフリーと、”つるのムチ”でホースを巻き付けているフシギソウへ視線を移動させる。

「フシギソウ、そのままホースを引っ張って。バタフリーも”サイコキネシス”で手伝ってあげて」

「ふりぃ〜〜」
「そうっ……!!」

「それからイーブイは、ホースの根元に”スピードスター”」

「いっぶい!」

 淡々と指示を出すコノハ。わざわざ説明がなくとも、ポケモンたちは彼女の狙いを察し、その通りに技を放つ。
 イーブイの”スピードスター”が集中的にホースの根元へ集まる。その数秒後、爆発音に近い轟音が鳴り響いた。それは、ホースの根元が壊れたことを意味していた。
 とは言え、ロボットからホースが完全に離れたわけではない。まだ、ダラりとぶら下がっているそれを、フシギソウの”つるのムチ”とバタフリーの”サイコキネシス”で引き剥がす。

──ガンッ……!!

 ホースが完全にロボットから切断された。そこから見えるのは、ロケット団に奪われたポケモンたちだ。

「みんな、早く外へ逃げて!」

 コノハの掛け声と明るくなった視界に、ポケモンたちはゾロゾロとロボットから脱出していく。ロボットの中からは、「ポケモンたちが〜っ!!」と悔しそうな声が聞こえたが、構う必要はない。
 最後の1匹が、ロボットから飛び出る。これで、敵への攻撃に気を使う必要は無くなった。

「ロケット団!!」

「「ギクッ……!!」」

 いつの間にかコノハの隣に並んでいたサトシが、怒った表情でロボットとその中にいるロケット団を睨みつけている。それはコノハも同じ。もちろん、シゲルも。
 3人のトレーナーの傍には、彼らのポケモンたちも同じく怒りに満ち溢れた顔で、攻撃態勢に入っていた。コノハのポケモンたちも、今この場に出されたシゲルのウインディも、サトシのピカチュウも……──

「……イーブイ、”シャドーボール”」

「ウインディ、”火炎放射”!!」

「ピカチュウ、”10万ボルト”だ!!」

 黒い球体と灼熱の炎、眩い雷が一斉にロケット団へ襲い掛かる。そして、大きな爆発音と共に彼らは空の彼方へ飛ばされたのだった。
 その後、駆けつけたジュンサーに事情を説明し、その場を任せてコノハはサトシとシゲルを連れてポケモンセンターへ向かって歩いた。

「それにしても、コノハスゴかったなあ」

「ぴかぴぃか!」

「まさか君までロボットに突っ込んで行くなんて思ってなかったけどね……」

 陽気なサトシと違って「心臓に悪い」と重たい溜息を吐くシゲル。相変わらず無茶を見せる幼馴染だと、

「ポケモンたちが捕らえられている以上、下手な攻撃はできなかったし……なら、ロボット自体の機能を停止させればいいんじゃないかと思って。そのためには直接確認する方が手っ取り早かったから」

「そうかもしれないけど……」

 結果として良かったのかもしれないが、彼女の身の安全はどうなるのだろうか。元々、シゲルはコノハが探偵を目指すことに反対していた。正直、今すぐに学院を辞めて、普通にトレーナーの道を進んでほしいと思っている。
 危険だと分かっていながらもこの職業を選んだコノハにとっては、今回のようなことは彼女にとって日常茶飯事なのかもしれないが、見ているこっちは気が気でない。

「……大丈夫。ケガしないように、皆に心配かけないように、鍛錬も怠らないし気をつけるから」

「……うん」

 その言葉に説得力があるとは言えないが、それでもシゲルにコノハの夢を止める権利などない。見守ることしかできないのだ。

「……シゲルって本当、心配性」

「え〜、でも俺、正直シゲルの気持ち分からなくもないけど……」

「……サトシもまだ反対なの?」

「反対っていうか……」

 サトシもシゲルと同じ気持ちだった。けれど、コノハが本気で探偵を目指している姿を、憧れてきた姿をよく知っている。
 そんな彼女の夢が、学院に入学したことによって近づきつつあるのだ。逆に彼女の夢を応援したい気持ちもあり、ずっと矛盾した思いを抱えていた。

「そりゃ、俺だってコノハに危険なことしてほしくないよ……」

「……そう」

 二人の気持ちは理解できる。それでも、コノハは探偵という道を選んだ。この道を進むことに、意味があるから。

「……私は、諦めるつもりなんてないから」

「……本当、君には敵わないよ」

「じゃあ俺、応援する!コノハが立派な探偵になれるよう!」

「ぴっか!」

 二人の言葉に満足したコノハは、クスリと笑みを零す。
 空を仰げばもう茜色になって、ヤマブキシティをその綺麗な橙色で包み込んでいた。
 久しぶりに過ごした三人での時間。それは旅立つ前から何一つ変わっていない、何気ないもののままだった。再び口論を始める幼馴染達の姿を眺めながら、コノハは心の中でそっと唱えた。

──これからもこの関係が、ずっとずっと変わらないままでありますように。


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