short story
□中編
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シロガネ大会も残り一日となった。
シゲルとのバトルに勝ったサトシは、翌日のハヅキとのバトルで勝ちを収めることは出来なかった。彼のパートナーであるバシャーモの方が、僅かに体力が残っていたのだろう。
シゲルと二人で観戦していたコノハは、世の中上手くいかないものだと苦笑を漏らした。
これで幼馴染二人のポケモンリーグは終わった。サトシとシゲルは勿論、コノハにとっても意味のあるものであった。誘ってくれたオーキドやハナコにはまた後日、お礼をしなければとフレンドリーショップの品を眺めながらそんな事を考えた。良い気分転換になったことに変わりはない。
一段落ついたところで頭に浮かんで来るのはやはり自分のことだった。
このままではいけないと、どんどん成長を続ける幼馴染達を見て、再び焦りと不安が心の中に渦巻く。
──私に足りないものって、何なんだろう……。
その疑問が、延々と頭の中をループしていた。
その夜、シゲルに誘われてカフェでお茶をしていたコノハは、女性の悲鳴を聞きつけて店を飛び出した。
悲鳴が聞こえた方向を頼りにシゲルと駆けつけてみると、そこには既にサトシ達一行とハヅキが居合わせていた。
「サトシ!一体何があったんだ?悲鳴が聞こえたけど」
「ああ、ただムウマが出ただけだよ」
「え、なんだ」
『何事も無かったから良かったけど……』
恐らくムウマをお化けだと勘違いしたのだろう。大きな事件があったわけでもなく、コノハはホッと胸をなで下ろす。
「ん?あのムウマ達、何かを探しているようだぞ」
「え?」
シゲルの言葉に、コノハはもう一度ムウマ達へ視線を戻した。
三匹のムウマ達は、困った表情で飛び回っている。何かあったことが伺えた。
「確かにそのようだね」
『ええ、どこか様子が変だわ……』
すると、今度はどこかへと飛んで行ってしまう。しかも、どこか焦っているようにも見えた。ただ事ではないようだ。
「何かを見つけたみたいよ!」
「行ってみよう!」
ムウマの後を追っていると、やがて森の中へ差し掛かる。暗い夜の森を月が照らす中、目を凝らしてムウマ達を追いかけていた。そしてサトシ達の目に入って来たのは、倒れた樹木の下敷きになっている一匹のムウマだった。
「別のムウマよ!」
「倒れた木に挟まって動けなくなったのか」
「ムウマ達は仲間を探してたんだ」
苦しそうに声を上げながら体をうねらせるも、木の重量には敵わないようだ。
『早く木を退けないと』
「よし!今助けてやるぞ!」
「ピカッ!」
全員で樹木を下から持ち上げようとする。が、ビクともしない。
ムウマは今も苦しそうに声を上げている。早く助けなければ、ムウマの身体も持たないだろう。
「もう少しよムウマ!頑張って!!」
『大丈夫!絶対に助けるから!!』
ムウマの様子を伺いながら、とにかく木を持ち上げることに専念する。
後ろではムウマの仲間達が心配そうな顔でムウマを、サトシ達を見守っていた。
ムウマを助けたい。その一心で全身に力を込める。
手も指も限界が近づいてきたのか、プルプルと震えだし、腕も吊りそうだった。
「ムゥ…マァ……!っっっ!!」
そして、樹木が少し動いたのと同時に、その反動でムウマは仲間達の方へと飛ばされた。
ムウマを助け出すことに成功し、サトシは「やったぜ!」と声を上げた。反対に、シゲルは樹木を飛び越えてムウマの方へ駆け寄る。地面に倒れたままのムウマを優しく抱き上げ、険しい表情で様子を見る。
脱出できたからといって、ムウマの状態に異常がないことは確認できていない。
「ムウマの様子は?」
「別に怪我は無いようだけど……。ムウマ!しっかりしろ!」
未だに意識が戻らないムウマにシゲルが声を掛ける。すると、それに応えるかのようにゆっくりと目を開けた。
「ムゥ……ムゥマァ!」
「どうやら大丈夫みたいだな」
「ムゥマァ!」
ムウマの体に異常が無いことを確認したシゲルは、そっとムウマから手を離す。仲間の所へ戻ったムウマはサトシ達の方を見ながら「ムゥマァ!」とひと鳴きする。助けてくれてありがとう、と言っているんだろうか。そのままふわりふわりと空へ飛んで行ってしまった。
「これで一安心ね」
『ええ。怪我がなくて良かったわ』
元気に仲間達と去って行ったムウマに安堵する。もし何かあれば、それこそこのままポケモンセンターに直行だった。
「あのムウマ、シロガネ大会の賑わいに誘われてこんな麓まで降りてきたんだろうな」
「そうなのか?」
「ピィカ?」
「ああ。ムウマ達の生息地は、シロガネ山のもっと奥の方だからね」
「へぇ、色んなことをよく知ってるな」
昔からシゲルが勉強やポケモンの知識に関して豊富な事はサトシも知っていたが、こうして本人から話を聞いて改めて感歎したのだろう。しかし、サトシの言葉にシゲルは少し首を振って、否定のサインを示した。
「僕の知識なんてまだまださ。だからもっとポケモンのことを知りたいんだ。僕は旅の途中、色んなポケモンの進化を見てきた。
大人しいコイキングが凶悪ポケモンのギャラドスになるところ、テッポウウオが姿形のまるで違うオクタンに進化するところ、バルキーは育て方一つでカポエラー、サワムラー、エビワラーに進化するし、イーブイなんかその時の条件で五種類の違ったポケモンに進化するんだ。
僕はそんなポケモン達の不思議を、秘密を探りたい。僕はポケモンの研究者になりたいんだ」
「ポケモンの研究者!?」
自分の夢を語るように、ポケモン達のことを話すシゲルはとても生き生きとしていた。そんな彼の瞳には迷いがない。それを見てコノハは、シゲルがちゃんと区切りをつけれたのだということを悟った。
そして、自分の目標がしっかりと定まったから、今ここでサトシに打ち明けたのだろう。
勿論サトシは、衝撃の告白に戸惑っているようだった。今まで同じポケモントレーナーとして、ライバルとして過ごし、バトルして来たのだ。サトシが驚くのも無理はないだろう。
「だから僕が大会に出るのはこれで最後さ。サトシ、君は次の大会でも頑張ってくれよ」
「う、うん……」
「それじゃあ、僕はこれで」
去る前に一度コノハへ視線を向ける。シゲルの目から感じられるのは、サトシのことを頼むと言っているようだった。コノハは小さく微笑み、任せての意味を込めてゆっくりと頷く。
返事をもらったシゲルはそのまま来た道を戻って行った。
「そうか、シゲルはポケモンの研究者になるのか」
「なるほどな」
「シゲルの気持ち、なんとなく分かるわ」
カントーで旅をしていた時から度々シゲルと会っていたタケシとカスミも、そして今大会で初めて彼と出会ったハヅキも納得した表情だ。
彼らもまたシゲルと同じように、この世界に生きるポケモンの不思議や秘密について考えた事があったのだろう。
「…………」
ただその中で一人、シゲルが歩いて行った方をぼーっと見ている者がいた。
そんな彼の様子にコノハはポンと肩に手を置く。
「……コノハ」
『少し、話そっか』