short story

□ヤマブキでの攻防
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 ここは、カントー地方の中でもタマムシと並ぶ大都市・ヤマブキシティ。先日ここでヤマブキジムのジムリーダー・ナツメから、ゴールドバッジをゲットしたサトシは仲間のカスミとタケシと共に、次の街へ向かう為にヤマブキを立つ準備を整えていた。
 フレンドリーショップで薬の調達を終え準備万端。さあ出発しよう!という所に──

「やあやあ、君はサートシ君じゃないか!」

「シゲル……!」

 サトシのライバルであるシゲルが、いつものように女の子達を連れ、赤塗りのオープンカーに乗って派手に現れたのだ。

「お前もこの町にいたのか?」

「用事があって来たのさ。君と違って僕は忙しいからね」

「何ィ!?」

 またいつものように言い合いを始めるマサラの2人。カスミとタケシ、そしてサトシのパートナーであるピカチュウはやれやれと呆れ顔だ。
 それとは反対に、シゲルが連れ回している女の子達は、いつものように「いいぞーいいぞーシゲルー!」と声援を送っている。
 周囲からすれば異様な光景だ。自分達が目立っているという自覚がこの2人にはないのだろうか。

「そんなに言うなら俺とバトルしろ!」

「さっき言っただろ?君と比べて僕は忙しいんだ。君のような低レベルなトレーナーの相手をしている暇はないのさ」

 幼い頃から変わらない嫌味な態度で言い放つシゲルに、ムキになってサトシが言い返そうとした時だった。

「……何やってるの。こんな道のど真ん中で」

 サトシとシゲルのよく知る声が、二人の間に響いた。言い合いを中断した二人は、「え」と見事なほど綺麗に声をハモらせて、声が聞こえた方へと顔を動かす。
 そこには制服らしき格好をした女の子が、呆れを含んだ表情を浮かべて立っていた。

「「コノハ!?」」

 コノハ。サトシとシゲルの幼馴染で、幼い頃から時間を共にすることが多かった、二人にとって大切な女の子。そんな幼馴染がいきなり登場すれば流石の二人も驚く。しかも二人共、コノハとは旅に出てから一度も会っていない。
 旅立つ前まではほぼ毎日顔を合わせていたため、こんなにも長い間会っていなかったと思うとおかしな感覚に陥る。

「久しぶりだね、コノハ。元気にしていたかい?」

 シゲルの行動は早かった。コノハの目の前へと素早く移動すると、今度はギュッと両手を取って話しかける。

「…………久しぶり。相変わらずね、シゲル」

 そんなシゲルにコノハは少し苦笑いを浮かべて返事をした。そして、シゲルの少し後ろで「おいシゲル!コノハから離れろよ!!」暴れているサトシへと視線を移す。

「……サトシも変わらないね」

「それってどういう意味だっ──」

「サートシ君のことなんかどうでもいいさ!それより僕とこれから食事でもどうだい?」

「…………食事?」

「シゲル!!話の腰折るなよ!」

 相変わらずこの二人といると賑やかだ、と久しぶりのやり取りにふっと小さく笑いを零した。

「ちょっとー!勝手に盛り上がってないで説明してよ!誰なのこの子!!」

 そこへ声を上げたのがカスミだった。コノハはカスミを目に映しながら、『サトシの旅仲間?』とシゲルを自分から引き剥がそうとしているサトシに問いかける。

「え?あ、うん!カスミっていうんだ。こっちはタケシ。カスミ、タケシ、こいつはコノハ。俺の幼馴染なんだ!」

「サトシの……」

「幼馴染……?」

 二人にとってコノハは意外な人物だったのか何なのか、目を丸くして驚いた様子だった。
 コノハはカスミとタケシの顔と名前を頭の中でしっかりと記憶し、未だにシゲルに握られている手を、何事も無かったかのように離してから二人に話しかける。

「…………初めまして。サトシの幼馴染のコノハです。サトシがいつもお世話になっています」

 ペコリと丁寧にお辞儀をするコノハに、二人も慌てて頭を下げた。

「……手のかかる子だけど、どうか最後まで面倒見てあげてください。この子一人だと何も出来ないので。いつも勝手に暴走するし」

「おい!どういう意味だよそれ!!」

「…………だってサトシ、料理もできない、勉強ボロボロ、いつも気合いだ!とか一丁前なこと言って大着しかしないから」

「ぐっ……」

 無表情で淡々と述べるコノハに、サトシは言葉を詰まらせる。それを見ていたカスミとタケシは、「流石サトシの幼馴染!よく分かっている!」と心の中で密かに感激していた。

「やれやれ、旅に出てからもコノハに心配をかけるなんて、本当にダメだなサートシ君は」

「ちぇ……」

 いつもならここで言い返すところだが、彼の言っていることは正しいので否定はできない。サトシはフンとそっぽを向いて、近くに落ちてあった石ころを蹴った。完全にイジケモードだ。

「シゲルは……見た感じ色々と抜かりはないようだけど」

「当然さ!コノハに格好の悪い姿は見せられないからね」

(……別にいつも見てるわけじゃないんだけど)

 髪をかきあげ無駄に格好をつけているシゲルに、コノハはどこか疲れた様に溜息を吐いた。
 何故なら、ただでさえ手のかかるサトシと相変わらずキザなシゲルの言動に付き合わされるだけで疲れるというのに、それに加えて完全に今、自分達は目立っているのだ。周りから送られる好奇な視線に落ち着かないのが本音である。

「さて、サートシ君との再会の挨拶も済んだことだろうし、コノハは僕とデートしよう」

「……何でデート?」

「俺だって!コノハと話したいことたくさんあるんだぞ!!」

「あのねぇ、僕はコノハと”二人っきり”で過ごしたいんだ。そんな事も理解できないなんて、相変わらずだなぁサートシ君は」

「何だと!!」

「はぁ……」

 一体いつになったらこの面倒な状況から脱出することが出来るのだろうか。コノハは頭を抱えた。
 だが、考えたところでまず逃げることは不可能に近い。理由は一つ。コノハのこととなると、サトシもシゲルも異様に敏感に、そして鋭くなるのだ。ここで気配を殺してそっとその場を離れようとしても恐らくすぐにバレる。

「じゃあ、俺かシゲルか、どっちと過ごしたいかコノハに決めてもらおうぜ!」

「そんなの聞くまでもない。第一、君と一緒だなんてコノハが疲れるだけじゃないか」

(いや、もう既に2人と関わって疲れてるんだけれど……)

 心の中で静かにツッコミを入れる。この言い合いが始まると、ここでコノハが何を言おうが二人は聞く耳を持たない。コノハのことで言い合っているハズなのに、彼女は二人の眼中に入っていない。その上本人の意思は無視。ほぼ空気のように扱われているも同然だ。

「大体シゲルはいつも、俺がコノハを誘おうとしたらすぐに横入りしてくるじゃないか!たまには俺にも譲れよ!!」

「君が負けるのは今に始まったことじゃないだろう。こういうのは先に誘った者勝ちなのさ」

「だーかーらー!俺が誘おうとして、シゲルが横入りして来るんじゃないか!!」

「それは君が鈍いからだろ」

「…………」

 そろそろコノハも限界だった。ヒートアップしていく二人の言い合いと、いつの間にかできたギャラリーから送られてくる視線。苛立ちと居心地の悪さにとうとうコノハの堪忍袋の緒が切れた。
 静かにボールを手に取り、自分の足元へ出したイーブイと視線を交わす。

「……イーブイ、”シャドーボール”」

「ぶいっ!」

 二人の間に黒い球体が物凄い勢いで通過する。勿論、突然の攻撃にサトシとシゲルはようやくそこで言い合いを止めた。

「……2人とも、いい加減にして」

 いつも聞いている声音よりも、更に1オクターブ程下がった剣呑な声が、二人の中に緊張感を走らせる。

「……これ、明らかに迷惑行為。牽制したって問題は無いよね……?」

 通行の邪魔、近所迷惑など、2人がやっている事は完全にそれらに値する。ご立腹な彼女に二人がする事はただ一つ。

「ごめんなさい」
「すまない、コノハ」

 ここで二人は初めて意見が合った。気持ちもシンクロした。何故ならコノハの目が本気だったからだ。このまま言い合いを続けていれば署に連行されるどころか、その場で大きなゲンコツ……いや、回し蹴りでも食らっていたかもしれない。
 そして、ようやく自分達を囲んでいるギャラリーに気づいた。仲間達の姿も見られない。実は、どんどん増えていく人の数と好奇な視線に居てもたってもいられず、他人のふりという効果も薄くなってきた為に、タケシ達は静かにその場から離れていたのだ。
 コノハはポケモンの首根っこを掴んで持ち上げるかのようにサトシの後ろ襟ぐりを掴み、シゲルの腕を引っ張ってその場から退場した。


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