本編

□第1話
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 亜麻色の髪を風に靡かせ、丘の上から故郷を眺めているのは、その町出身の少女である。
 久々の故郷・マサラタウン。どれだけ長い間旅をしていても、幼い頃から見てきたこの景色は、ずっと変わらない。こうしてふるさとを眺めていると、必ず二人の幼馴染の存在が脳裏を過ぎる。
 一人は超がつくほどの単純バカで、文字通りの熱血な男の子。もう一人は、頭は良いが意地悪で、しかしいつだって頼りになる男の子。幼い頃から呆れるほどぶつかり合っていた二人だが、今ではそれぞれの目標に向かって旅に出ている。

「サトシとシゲル、元気かな……」

 ポケモンマスターを目指し修行中のサトシと、かつてはサトシと同じ目標を掲げていたが、今はポケモン研究家を目指して旅に出ているシゲル。彼らとは、幼い頃からずっと一緒の幼馴染で、旅に出るようになってからは会う機会もうんと減ってしまったが、いつだってコノハの心の支えとなる大切な存在だった。
 最後に3人揃ったのは、ジョウトリーグのシロガネ大会だったか。その後、サトシとはホウエンで何度か顔を合わせたが、シゲルとは再会できていない状態だった。
 研究家へ転身した彼は、今どこで、何をしているのだろう。故郷を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていると、背後から人の気配を感じた。しかし、身構える必要はなかった。何故ならそれは、コノハがよく知っている人のものだから。
 
「久しぶり、シゲル」

 振り向きざまに、視界の端で自身の髪がふわりと舞った。同時に幼馴染の驚いた顔が瞳に映る。

「相変わらず人の気配には敏感だね」

「……探偵業で鍛えてるから」

 無表情で淡々と述べるコノハに、「敵わないなあ」とシゲルは苦笑を漏らす。
 ジョウトリーグを終え、マサラタウンに戻ってすぐ旅に出てから半年が経った。シゲルが担当していたプテラの研究も一旦落ち着きを見せたために休暇を取るように言い渡されたのだ。
 そこで、実家への顔だしも兼ねてマサラへ帰郷していたところ、偶然見つけたのは幼馴染の見慣れた後ろ姿だった。ぼーっと遠くを眺めて突っ立っているコノハを、驚かしてやろうと小さな悪戯心が顔を出す。そうして静かに距離を詰めたが、やはり探偵を志すコノハには通用しなかった。
 ジョウトで旅をしていた頃は、突然声をかけても驚いてくれたのに。少しだけ残念な気持ちが胸に広がる。同時に、探偵としてどんどん能力を身につけていく幼馴染の成長が、微笑ましかった。

「そう言えば、コノハはホウエンで仕事してるんだって?オーキド博士から聞いたよ」

「……あっ、うん」

 シゲルの”オーキド博士”呼びに驚いて、一瞬、反応が遅れる。

(前は”お爺様”って呼んでいたのに……)

 その呼び方だけで、シゲルが研究者として高い意識を持っていることが伝わった。同時に感心もする。
 コノハがポケモンを貰い旅に出たあの時から、彼女にとって両親は、上司となり自分は部下という関係性が成立した。しかし、未だに何処か気恥ずかしくて、「お父さん」「お母さん」と呼んでしまうのだ。両親は呼び方など気にしないと言うが、やはり任務の際は意識をした方が良いのだろう。自分も見習わなくては。

(シゲルのこういうところ、本当に器用と言うか、なんというか……)

 コノハがいつまで経っても慣れないことをサラリとやってのける幼馴染を尻目に、小さく溜息を吐く。

「コノハ?どうかしたのかい?」

「……ううん。なんでも」

「君のことだから、また些細なことで悩んでいたんじゃないのか?」

「……またって」

 コノハの真面目な性格は長所だが、それが行きすぎるせいか、ちょっとしたことですぐに悩んでしまうという短所がある。そんな性格が災いして、自分を追い詰めてしまうことも多い。
 大きな責任がいつだって付き纏うディテクティヴの仕事に、いつか押しつぶされてしまうのではないか。シゲルはそれも気がかりだった。

「……本当に、大丈夫だから」

「君の大丈夫はあんまり信用できないけどね」

「…………」

 言い返すことができず、目を逸らして黙りこくる。”こういう職業を選んでいるのだから多少の無茶は必要”というのがコノハにとって当たり前の事なのだが、そのせいか「大丈夫」と言ってもシゲルと同じ言葉を返された記憶しかない。
 それが少し不満で、コノハはプクリと大きく頬を膨らませた。その表情は、不機嫌なプリンのようで、シゲルは思わず口元に手を当てて、上品に微笑む。

「…………なに?」

「ごめんごめん。今の君の顔が、怒ったプリンみたいだったから、つい……」

「…………」

 相変わらずからかい上手な幼馴染から、コノハはプイッと顔を背けた。
 昔から何かと嫌味をよく飛ばしていたシゲルだが、旅を通して段々とその態度も落ち着きを見せ、今ではすっかり大人びてしまった……のだが、幼馴染が相手となるとそうでもないらしい。

「ああ、でも……そういう顔もコノハは可愛いけどね」

「…………!!」

 意地悪な顔で、憎らしいほど上品に微笑むシゲルから放たれた言葉に、コノハはカアッと頬を赤く染めた。それから静かに目を逸らす。

(やっぱり、まだ直視できない……)

 さっきまでできあがっていた、幼馴染としての空気感が一気に吹き飛ぶ。恥ずかしさで居た堪れない気持ちが勝り、コノハはどう言葉を紡いでいいのやら、と軽い混乱状態に陥っていた。
 コノハがそうなってしまったのは、確実に目の前で不敵な笑みを乗せる幼馴染の仕業で間違いなかった。以前、彼から送られた言葉が、幼馴染という二人の関係性を、少しずつ、少しずつ変化させているのだ……──

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