本編

□第2話
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「……できた」

「お疲れ様」

 全てのクッキーを焼き終え、コノハは額の汗を拭う。二つの大皿に山ができるほど大量のクッキーが生産された。どう考えても一日で食べ切れる量では無いが、ポケモンたちに配ることを考えると少ないくらいだ。ポケモンたちに手伝ってもらいながら、シゲルと共に大皿に乗ったクッキーを研究所の外へ運ぶ。
 庭へ足を運ぶと研究所で預かっているポケモンたちが、至る所でのびのびと過ごしている姿が目に入る。そこには当然、コノハやシゲル、サトシが預けているポケモンたちもいた。

「……クッキー食べたいひと〜」

 いつもより少し大きな声で呼び掛ければ、視線がコノハへ集まる。その直後、物凄い勢いでポケモンたちが駆け寄り、一瞬でコノハとシゲルを囲んでしまった。
 そんなにお腹が空いていたのだろうか。コノハは戸惑いながら大皿を地面へ置くと、それを合図にするかのようにポケモンたちが一斉に皿の中に顔を突っ込んだ。

「……みんなよく食べる」

「丁度、3時のおやつタイムだからね」

 幸せそうにクッキーを頬張るポケモンたちの姿に、自然とコノハの頬も緩んでいた。作ってよかったと、そう思えるのだ。
 嬉しそうにポケモンたちの姿を眺めるコノハに釣られて、シゲルもフッと微笑む。この穏やかな時間が心地よくて、時が止まってしまえばいいのにと、欲張りな感情が顔を出す。けれど、そういう特別な時間ほど長くは続かないもの。
 顔を上げたシゲルの目に入ったのは、頭を抱えて突っ立っているケンジの姿だった。それだけで、何かあったのだと察した。そんなシゲルが纏う空気の変化を感じ取り、コノハも腰を上げた。

「……あれは、ケンジ?」

「何かあったみたいだな……」

 ケンジの足元には初心者用ポケモンが二匹。一匹は硬い甲羅が特徴のゼニガメ、もう一匹は尻尾の炎が特徴のヒトカゲだ。しかし、大きな種を背負うフシギダネだけが居ない。ケンジが頭を抱えている理由は、おそらくそれだろう。
 その上、明日は確か新人トレーナーがポケモンを受け取りに研究所へやって来る予定だったはず。一刻も早くフシギダネを見つけなければ。2人はケンジの元へ駆け寄った。

「……ケンジ!」

「どうかしたのかい?フシギダネがいないようだが……」

「コノハ、シゲル!それが……フシギダネとヒトカゲが喧嘩してしまって、フシギダネが泣きながら何処かへ行ってしまったんだよ……」

 明日は新人トレーナーが来るのに!と再び頭を抱えて嘆いているケンジに同情しつつ、喧嘩の当事者であるヒトカゲに視線を移す。コノハとシゲルの視線を感じつつも、ヒトカゲはツーンとそっぽを向いてこちらを見ようとしない。相当ご機嫌斜めであることが伺える。
 とにかく、今は逃げ出してしまったフシギダネを見つけることが先決だろう。フシギダネの身に何かあっては大変だ。野生のポケモンに襲われてしまうことだってある。

「よし、手分けしてフシギダネを探そう」

「……でも、この子たちはどうするの?」

 コノハの言葉に、全員の視線が半べそをかいているゼニガメと未だにこちらへ背を向けているヒトカゲに集まる。いくらここがオーキド研究所の庭であるとはいえ、まだ経験値が少ない上、外の世界を知らない二匹を置いたままこの場を離れるわけにはいかない。

「じ、じゃあ、誰か一人だけここに残るとか……?」

「……残り二人でフシギダネを見つけられる?」

 生憎、オーキド博士はサトシの家へ届け物があると言って外出中だった。他に頼める人も居ないため、この三人の中の誰かが残るしか選択肢はないのだが、コノハの問いかけに「難しいかも……」とケンジは腕を組んで考え込む。
 自然に囲まれたマサラタウンは、山に近づけば近づくほど険しさは増し、道も入り組んだものとなり、幼い子どもが足を踏み入れれば間違いなく迷宮と化す。実際、コノハ、シゲル、サトシの三人は、小さい頃に親の言いつけを守らず山へ入り、迷子になって出られなくなった事があった。フシギダネは今、ヒトカゲとの喧嘩で感情的になり周りが見えなくなっているだろう。知らぬ間に山へ迷い込んでしまう、なんてことがあっても不思議ではない。
 もし、本当に山へ足を踏み入れていたとしたら、どう考えても捜索に時間がかかるだろう。そうでなかったとしても、フシギダネが迷い込んでしまうのも時間の問題だ。つまり、留守番に人手を割く余裕がないということである。

「仕方がない……ヒトカゲとゼニガメも連れて探しに行こう」

 苦肉の策だった。しかし、ここに置いていくよりかは幾分かマシだろう。過去に怪しい奴ら(ほとんどの確率でロケット団)に侵入され被害に合っていることを考えると、すぐに守れるよう自分たちの傍に居てくれた方が安心だ。

「そうだ!サトシのフシギダネにも手伝ってもらおう!!」

「……サトシのフシギダネ?」

 サトシがカントーを旅していた頃、彼の仲間になったフシギダネのことはコノハもよく知っていた。今ではオーキド研究所の調停者として、庭で暮らすポケモンたちをまとめている。お陰様で、研究所で預かっているポケモン同士のいざこざも、サトシのフシギダネの力で穏便に済むことが増えたそうだ。
 そのフシギダネの力は、今回の件でもきっと役立つだろう。ケンジはそう判断し、フシギダネの協力を提案したのだ。

「じゃあ、ケンジはフシギダネにこのことを伝えて、そのまま共に行動してくれ。僕とコノハは、先に森の方を探してみるよ」

「わかった!!」

「行こう、コノハ!」

「うん」

 ──二手に別れ、フシギダネの捜索を開始した。


***


 捜索を始めて1時間が経過した。研究所付近の森の入口から随分と奥へ進んだが、一向にそれらしき姿は見つからない。
 草タイプで体が緑色のフシギダネは、森や山の植物と同化しているように見える時がある。ただ見落としているだけなのか、本当にこの辺りには居ないだけなのか、正確な状況が把握できない。

「ブラッキー、イーブイ、フシギダネは見つかったかい?」

「いぶぅ……」

「ぶらっき……」

 イーブイとブラッキーは耳を垂らして首を左右に数回振った。ポケモンたちの手も借りつつ捜索を行ってはいるが、中々見つけ出せずにいる。焦りが募る一方だった。
 更に、時刻はもう午後4時を過ぎている。このままでは日が沈み捜索が難しくなる上、フシギダネの身に危険が及ぶ確率も高くなる。それだけは何としてでも避けなければならない。

「山の方も探してみる?」

「その方が良いだろうね」

「じゃあ、みんな……──あれ、ヒトカゲは?」

 次の指示を出すためポケモンたちに向き直り、ついさっきまでコノハのプリンと一緒に居たはずのヒトカゲの姿が無いことに気づく。

「ぷりぃ!!」

 突然、声を上げてコノハとシゲルの後ろへ指を差すプリン。それに従って後ろへ振り返れば、来た道を引き返そうとするヒトカゲの姿が目に入った。コノハは慌ててヒトカゲを追い、どこにも行かないように抱き上げる。

「……こら」

「かぁげっ!」

「一応、あなたにも非はあるんだから。一緒に探さないと」

 首を大きく振りながら、ヒトカゲはコノハの腕の中で暴れてばかり。中々言うことを聞こうとしない。一体、何がヒトカゲの機嫌をこんなにも悪くしているのか、それが掴めずコノハは首を傾げながらヒトカゲを抱えていた。
 不機嫌なヒトカゲの様子を察知したゼニガメの目に涙が溜まる。気弱で泣き虫な性格のゼニガメは、ポケモンや人間の間に流れる空気に敏感なようで、ずっとべそをかきっぱなしだった。

「大丈夫。ゼニガメも一緒に探してくれる?」

「ぜにぃ……!」

 今にも泣きだしそうなゼニガメを安心させるため、コノハは目線を合わせるようにその場にしゃがみ込んで頭を優しく撫でる。コノハの手が心地よかったのか、ゼニガメの表情は少しずつ柔らかくなっていき、安心したように微笑んだ。
 しかし、ヒトカゲはそんなゼニガメが気に食わなかったのか、キッと睨んで威嚇した。その視線に怯えたゼニガメは、再び目に涙を溜めてシゲルの足元へ隠れてしまう。

「こら、威嚇しない」

 コノハが注意してもさっきと同じようにプイッとそっぽを向いてしまう。何がそんなに気に入らないのだろうか。ヒトカゲに聞いても答える気がないようで、顔はずっと不機嫌なままだ。

「不器用な子だなあ、君は」

「……不器用?」

 コノハが困惑しながらヒトカゲを抱えていると、ゼニガメを綾していたシゲルが溜息混じりに言った。

「きっと誰かに甘えたいんだよ。だけど素直になれなくて、こんなにムキになっているんだと思うよ」

「…………」

 昔からポケモンに詳しく、研究者の道を歩むシゲルの言うことなのだから、間違ってはいないのだろう。コノハは腕の中で、ムスッとした表情で抱えられているヒトカゲの顔を覗き込む。
 よくよく考えれば、さっきからコノハはヒトカゲを叱ってばかりいる。フシギダネと喧嘩をした時も、おそらくケンジから注意を受けていただろう。自分の思うように感情を表わせない、そのもどかしさがヒトカゲを追い詰めているのかもしれない。
 とは言え、この状況でどうヒトカゲに寄り添えば良いのだろうか。わざとらしく優しく接してもヒトカゲのためにならない。せめて、何か切っ掛けがあれば良いのだが──

「ふりぃ〜〜!」

 考え事に没頭していると、バタフリーの声が響き渡った。空を見上げれば、コノハのバタフリーがこちらに呼び掛けている姿が目に入る。必死に手や体を動かして、何かを伝えようとしていた。

「……もしかして、フシギダネが見つかったの?」

「ふりぃ〜!!」

 コノハの問に大きく頷いたバタフリーは、Uターンしてもと来た道を辿っていく。コノハやシゲルたちもそれに続いた。


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