plan

□月より団子
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※時間軸は無印(カントー編)
※夢主は探偵学院の寮で生活している設定です




 今日は十五夜。
 それに合わせて和菓子屋では月見団子が大量に販売され、ニュースでもその話題で持ち切りだった。
 コノハも昨日タマムシシティのデパートで、ピッピの形の月見団子を購入した。月に興味はないけれど、甘い物は大好物なので毎年この時期には必ず月見団子を口にしている。
 マサラタウンを旅立つ前までは、祖母のコズエやサトシの母親であるハナコの手作り団子を皆で頬張っていた。けれど今はトレーナーの資格を得て、実家を離れているためこれまでのようにはいかず、自分で用意するしかない。
 だけど、コノハにはポケモンたちが居るため寂しくはなかった。今は、机にピッピ型の月見団子と緑茶、そして、団子と一緒に購入したりんご大福を並べ、ポケモンたちと一緒にミニ和菓子パーティを開催しているところだ。

「みんな、美味し?」

 温かいお茶を啜りながら聞けば、フシギソウやイーブイ達は嬉しそうに返事をしてくれた。楽しそうにお喋りを交わし月見団子を頬張っている皆を眺めながら、再び茶を啜る。本音を言うと月よりこの子たちを見ている方が幸せだ。
 そんなことを心の中で呟きながら、2つ目の月見団子に手を伸ばした。すると、コンコンと小さくノック音が部屋に響く。
 扉を開けて確認すればそこに立っていたのは寮長だった。どうやらコノハ宛に電話が入ったらしい。

「……誰だろう。フシギソウ、皆のことお願いね?」

「そ〜う!」

 最初のパートナーでしっかり者のフシギソウに皆のことを頼んで、コノハは自室を出る。

「いっぶい!!」

「えっ」

 扉を閉める直前、僅かな隙間からぴょんっと外へ飛び出して来たのはイーブイだった。

「イーブイ、危ないでしょう?」

 タイミングが悪ければ扉に挟まっていたかもしれない。
 イーブイと目線を合わせるようにしゃがみ込み叱る。が、全然効いてない。尻尾を振りながら、『いぶ?』と首を傾けてニコニコとコノハを見上げている。

「…………」

 これ以上叱る気にもなれず、コノハは仕方なくイーブイを抱き上げそのまま電話機へ直行した。
 イーブイを肩に乗せ、受話器を手にしたコノハはそれを耳に当てて通話を繋ぐ。

「もしもし……?」

『やあ、コノハ!』

「……シゲル」

 電話機の画面に写った顔が幼馴染のものであると認識したコノハは、こてんと首を傾ける。一体どういった用で電話をかけてきたのだろうか。
 そんなことを思いながら、肩に乗るイーブイの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「突然どうしたの?何か用?」

『用がないと電話しちゃいけないのかい?』

「別にそんなことはないけど」

『ただ君とゆっくり話をしたかっただけさ』

「そう」

『…………』

「……?どうしたの?」

 相変わらず無表情でリアクションの薄いコノハに、シゲルは心に軽くダメージを受ける。もちろん、長年の付き合いでコノハのその言動に全く悪意がないことはわかっている。それでも、意中の相手からそれなりの反応を貰えないと何だか虚しい気持ちになってしまうのだ。
 しかし、ここで諦めるシゲルではない。話の主導権を握るために、コホンと一つ咳払いをしてこの微妙な空気を切り替える。

『そ、そういえば、コノハは今日が何の日か覚えてるかい?』

「十五夜でしょ。それがどうかしたの?」

『コノハは何をしているのかと思ってね』

「お団子食べてる」

『やっぱりか……』

 コノハが幼い頃から和洋問わず甘いものが大好物なのはシゲルももちろん知っている。トレーナーとなる前までは、毎年もう一人の幼馴染・サトシと二人で月見団子にばかり意識が向いていたことも。
 今年はポケモンたちと一緒にそうやって過ごしているであろうことは、簡単に想像できた。

「シゲルは何してるの?」

『僕はもちろん月を観賞していたのさ』

「ふーん」

 おそらくガールフレンドの女の子たちと賑やかに過ごしているのだろう。
 そういえば、彼女たちを放って自分と電話などしていて大丈夫なのだろうか。そんな疑問が頭に過ぎる。

『僕が泊まっている部屋からは満月がよく見えるんだ。だけど、ここも悪くないね』

 そう言いながら、シゲルは視線を横合いに投げる。
 宿泊部屋と比べ窓は決して大きなものでもないし、月見の雰囲気に適した空間でもない。隣に想い人ないるわけでもない。
 それでも、この美しい満月の夜に、決してすぐに会えるような距離ではない場所でも、こうしてコノハと繋がっていられることが、シゲルにとっては十分に特別だった。
 だからこそ、今が一番、あの黄金の星が輝いて見える。

『月が綺麗だ』

 少しの期待を込めて、囁くように想いをカタチにする。
 こんなにもあの満月を美しく感じられるのも、こうしてコノハと繋がっているから。それは間違いなく、自分の想いが、彼女の存在が、どれだけ離れていても特別であることを物語っていた。
 さて、コノハはどんな反応を示してくれるのか。チラリと画面向こう側に居る幼馴染へ視線を戻す。
 コノハは、キョトン顔でシゲルを眺めていた。

「……へっ、月?」

 気の抜けた声に、空気が凍る。

「あっ、ごめん。私、月見てないの。そんなに綺麗なのね、今日の満月」

『…………』

 ああ、やっぱり。この幼馴染は本当に、超がつくほど、呆れるくらいに鈍感だ。わかっていたはずなのに、とシゲルは頭を抑えて項垂れる。
 そんなシゲルの苦労もつゆ知らず、コノハは「シゲル、どうしたの?大丈夫?」と不思議そうな顔を見せている。しかもイーブイと戯れながら。

「……シゲル?」

『ああ、うん……大丈夫だよ。君ってそういうやつだったな』

「……?なんの話?」

『君には一生理解できないような僕の事情さ』

「よくわからないけど大変なのね」

 誰のせいだと思っているんだ。と、危うく言い返しそうになったが、グッと堪える。
 いつになったら男として意識してくれるのだろうか。コノハのシゲルに対する見方が幼馴染のままである以上、進展は難しいだろう。
 それでも、とられたくない。誰にも。そんな独占欲が顔を出す。

「あっ、そうだ。ねぇ、シゲル」

『…………なんだい?』

「昨日、月見団子と一緒に買ったりんご大福がすごく美味しかったの」

『……君、本当に林檎系のスイーツ好きだな』

「うん」

 この甘党の幼馴染は、アップルパイを始めとした林檎関連のスイーツが特に大好きだった。秋になれば、毎年、大量に林檎を摂取しているほどに。
 そういえば今年もそんな季節か。きっと林檎系スイーツの新商品を片っ端から調べ上げ、リストにし、制覇目指してカントー中を駆け回るんだろうな、と勝手に想像する。

「それでね、シゲル」

『ん?』

「今度、一緒にりんご大福食べに行かない?」

『……えっ』

 予想外の言葉に、シゲルの思考はピタリと停止した。まさか、コノハの方から誘ってくれるなど思っていなかったから。

「シゲルが良ければ、だけど」

『もちろん、OKさ』

 断る理由などあるはずがない。

「よかった。楽しみ」

 二つ返事で承諾すれば、そこでようやくコノハの無表情が崩れはにかむように笑った。
 再びシゲルの思考は止まる。その数秒後、深いため息を吐いた。

(全く、本当に……)

 コノハのこの笑顔には弱い。
 それも不意打ちでくるから心臓に悪い。
 自身の頬に熱が集まる。それを気にしたシゲルは、少しコノハから視線を外しながら口を開く。

『じゃあ、そろそろ切るよ。久々に話ができてよかった』

「うん、私も」

『じゃあ、おやすみ』

「おやすみ」

 プツリと小さく耳に響いた電子音と真っ暗になったモニターが、完全に通話が切れたことを表していた。コノハは受話器を元の場所に置いて、立ち上がる。

「イーブイ、今度シゲルとお出かけすることになったからね」

「いぶ?」

「旅の話、色々聞けたらいいな……」

 今の目標はポケモンディテクティヴになることだが、数年前まではトレーナーの道を夢見ていた。
 だから、シゲルがどんな旅をして、どんなトレーナーと戦い、どうジムを攻略していったのか、色々話を聞いてみたい。何なら、バトルをしてみるのも良い。
 そんなことを考えながら、再びポケモンたちとミニ和菓子パーティーを楽しむために自室へと戻ったのだった。

  ***

 コノハとの通信が切れた後、シゲルは再びため息を吐いた。これはコノハの言動に振り回された疲れによるものだろう。
 シゲルは再び視線を満月へ向ける。いつか、彼女と恋人同士となった時には、あの言葉の意味も理解してもらえるのだろうか。

「……君を攻略するのは大変だよ、全く」

 せめてあの鈍感さだけでもどうにかならないだろうか。などと思いつつ、そんな所も彼女の魅力の一つであることに変わりはなくて。
 そう考えると、やっぱりコノハはコノハのままで居てほしい、などという矛盾した気持ちが顔を出す。
 きっと、自分を異性として意識してもらえるまで、そして、この想いが彼女に届くまで、この悩みは尽きないのだろう。いや、色恋沙汰に免疫が無さすぎるあまり、その鈍さが災いして新たな形で振り回される可能性もーー

「それはそれで楽しめそうだけどね」

 これからどんどん大人の道を進んでいく中で、彼女はどんな風に変わってくれるのだろうか。この幼馴染という関係は、どんな風に変化しているのだろうか。
 月の光が薄暗い廊下を照らす中、シゲルはコノハとの未来に思いを馳せるのだった。



 

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