short story

□僕の味方
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 資料を片手に会場を後にした僕はゆっくりと溜息を吐いた。
 今日は年に数回行われる学会で、僕は午前の部での発表だった。先程午後の部が終わり、全てのプログラムが終了した。
 初めて学会の発表が決まり舞台に立った時は少し緊張したものの、今ではもう慣れたものだ。慣れとは恐ろしい。

 トレーナーを引退し、ポケモン研究家へ転身してから課題に追われ忙しい日々を送っているが、苦ではなかった。
 ポケモンの事を研究するのは楽しいし、何より研究を進めて行く事で、自分の世界が広がって行くようだった。その感覚はこれからも研究を続けていく為の糧となる。

 けれど、やはり今の目標を目指すとなればそれなりの重荷はのしかかって来るもの。
 僕は偉大なポケモン研究家、オーキド博士の孫である事から周囲から注目を浴びやすい。それを理由に僕を妬み、僻み、陰口を叩く者だっている。
 別に全ての人間に僕の実力を認めて貰おうとは思っていないし、相手にした所で時間の無駄だ。無視して放っておくのが一番いい。
 しかし、それでも認めて貰いたいと思う自分もいて、そういった矛盾した思いにストレスが溜まってしまう時もある。
 さっきも僕のことを快く思っていない連中が、僕の方を見ながらヒソヒソ話していたのを知っている。気づかれていないとでも思っているのだろうか。僕にはお見通しだ。

「はぁ……」

「ぶらーっき……」

 再び重たい溜息を吐けば、ブラッキーが心配そうに僕の足元へ擦り寄って来る。
 大丈夫だと頭を優しく撫でるが僕の考えなどお見通しらしく、じっと僕の顔を見つめている。自分のポケモンに心配を掛けてしまうなんて、しっかりしなければ。

「……シゲル」

 頭上から降ってきた声に、僕は顔を上げた。目に映ったのは僕の大事な大事な幼馴染。足元には彼女のパートナーであるエーフィがついていた。

「隣、いい?」

「もちろん」

 無表情のまま首を少し傾げるコノハ。相変わらず可愛い仕草だな。内心呟きながら、ソファのスペースを開けるために少し横へズレる。

「学会、お疲れ様」

「ありがとう。わざわざ見に来てくれるなんて思っていなかったよ」

「誘ったのシゲルでしょう?」

「まあね。でも、ポケモンの研究はコノハにとっては無縁の話だろうから」

「そんな事ない。勉強になるし……それに、シゲルが研究者として頑張ってる姿、ちゃんと見たかったから」

 コノハの言葉に、自分の頬に熱が集まる。それはコノハも同じで、ほんのりと林檎色に染まっている。
 自分で言って恥ずかしがるなんて。可愛いなあ、本当。
 研究者としてまだまだ未熟な僕に、こうして向き合ってくれるコノハの純粋な心が素直に嬉しかった。

「……シゲル、大丈夫? 疲れた顔してる」

「えっ」

 コノハは少し眉を下げて、不安げに僕の顔を覗き込む。
 上手く隠していたと思っていた僕は目を丸くした。これも長年の付き合いのせいか、僕がコノハのことをお見通しであるように、コノハも僕のことをよくわかっているらしい。

「また、何か言われたの?」

「………参ったな。そこまで分かるなんて」

「そんな時期だと思ったから」

「時期?」

「私も……そうだったから」

 そう言って顔を俯かせる。
 コノハはあの『ドラゴン使い』ワタルさんの弟子だ。その立場がコノハにプレッシャーというものを与えた。
 更にはコノハの特別な立場に嫉妬し、彼女の努力を否定した者も居たらしい。

「実力が認められるようになったのと同時に、いろいろ言われるようにもなって……」

「……そうか」

「最初は気にしてなかったんだけど、それが重なって疲れたことはよくあったから……」

「僕もまさにその状態だよ」

 研究者になる前から、こういうことは覚悟していた。何より、僕にとっては今更な話だ。
 だから最初は気にしなかったし、新しい環境に慣れることで精一杯で周りの目を気にする余裕などなかった。
 しかし今はそれなりに経験を積んで、心に少し余裕ができてきたからだろうか。周りの目や声を気にするようになってきたのだろう。そして、それが疲労の原因の1つになってしまっているらしい。

「……みんな、私の努力を否定するの。それがどうしても悔しくて」

 コノハの言葉に耳を傾けながら考える。
 才能や血筋も関係しているのかもしれない。けれど、結局は努力なしには這い上がれない。僕たちはそういう世界に住んでいる。
 だと言うのに、周りの奴らは努力の全てを『才能』『血筋』『コネ』、たった一言で片付けようとする。それがどうしても気に食わなかった。

「だからね、そういう人達に認めさせてやろうって頑張り続けた。でもそれは自分の首を締め付けただけ。そのとき気づいたの。焦っていたんだって」

「……焦って、る?」

 コクリと頷いて、続ける。

「私はね、困っている人達を助けたくてポケモンディテクティヴになった。そのはずなのに、あのときは、実力を認めてもらうために高い評価を出すことに必死だった。今のシゲルはそんな私と同じ気がするの」

 コノハの言葉に僕は最近の出来事を振り返る。
 今日の学会に向けて何度も研究を重ね、徹夜を繰り返し、多忙な日々を送っていた。そのとき僕は、研究という"好きなこと"に没頭できていただろうか。ポケモンのことを知りたい、その感情を胸に掲げていただろうか。
 違う。高い評価を得ることばかりに意識が傾いていた。
 もちろん、評価を得ることは研究者として必要なことだ。しかし、それを求めるだけで研究は成り立たない。
 どうしてこうなるのか、興味を持つから研究する。興味を持つ為にはまず自分がそれに対して楽しさを感じなければ意味がない。
 高評価を得ることばかりに集中していた。それは、コノハの言う焦っていたということ。
 それが解った瞬間、一気に肩の力が抜けた気がした。

「ありがとう、コノハ」

 大切なことを気づかせてくれた幼馴染に礼を言う。
 僕の立場を理解してくれるヒトがいる。それがコノハであることがどれほど心強いものか。
 コノハは安心したようにふわりとはにかんで、コクリと頷いた。

「……心配、だったの」

「え?」

「最近、頑張りすぎてないかなって」

「ハハッ、コノハにそれを言われたらお仕舞いだな」

「むぅ……どういう意味?」

 からかうように言えば、コノハはいつものプリンの怒り顔を見せる。

「コノハも仕事でよく無茶をするだろう。普通は人の心配している場合じゃないんだけどねぇ」

「うぅっ……」

 言葉を詰まらせるコノハをクスリと笑えば、再び頬が膨らんだ。
 君が相手だとすぐに意地悪したくなってしまう。好きな子ほどってやつだ。そんな僕もまだまだ子供だな。

「相変わらず怒った顔も可愛いね」

「〜〜〜っっ!?!?」

 僕の言葉に一瞬にして顔を真っ赤に染め上げる。ああ、可愛いなぁ。
 これからもずっと、僕の隣に居てくれればいい。そんなことを考える僕の心からいつの間にか、疲れやプレッシャーなど吹き飛んで消えていた。


 

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