short story

□雨のち雷
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※シゲルは名前だけ登場

 青く澄み渡る空を楽しそうに泳ぐポッポたち。暖かい太陽がマサラを包み正に快晴。昨日の大雨が嘘のようだった。
 しかし、そんな天気とは裏腹にとある家のとある部屋では、今にも雷が落ちそうなほどの殺伐とした空気が漂っていた。

「……サトシ」

「…………はい」

「これは何?」

 部屋の主であるコノハは、桃色のクッションに腰を下ろし、真正面に正座で縮こまっている幼馴染のサトシを無表情で睨みつける。ヒラリ、と1枚の紙をチラつかせながら。
 紙にはたくさんのバッテン印。右下の端には赤ペンで32と記されている。コノハはそれに視線を落としながら、いつもより低い声でサトシに問うた。

「一昨日、夜遅くまで勉強したよね?」

「……うん」

「この点数は一体なに?」

「…………いやあ、それは、ほら! 昨日雨の音が凄かっただろ? その音がうるさくて集中できなくてさ〜あははは」

「言い訳無用」

「ハイ」

 有無を言わさないコノハから溢れ出す威圧感に再びサトシは縮こまる。萎縮する幼馴染を眺めながら、コノハはやれやれと長い長い溜息を吐き出した。
 サトシとコノハは、もうすぐポケモントレーナーの資格を得て、故郷であるここマサラタウンを旅立つ。
 そんな新人たちのために、先日、町のポケモン研究家であるオーキド博士が講義を開いてくれたのだ。講義内容は、ポケモンのゲットの仕方やバトルの相性、薬の種類、ジムの存在についてなど、ポケモントレーナーとして旅をするための基礎知識がメインだった。
 講義を終えた後、簡単なテストが行われたわけなのだが結果はご覧の通り。コノハが勉強を見ても、点数は100点満点中たったの32点だったのだ。

「私の教え方、どこか悪かった?」

「そ、そんなことないって……!」

「気を使わなくていい。教え方が下手だったからこんな点数になったのよね?」

「す、スミマセン、デシタ……」

 ゴツン、と頭を下げたサトシの額がミニテーブルと接触する。幼馴染の反省している様子に、説教はここまでにするかと解答用紙を一旦引っ込めた。
 こうしてサトシに不満をぶつけてはいるが、コノハは人にものを教えられるほど器用ではない。正直、自分の勉強の教え方で本当にサトシの中に知識が蓄積されていたのか不安ではあった。
 これがもう一人の幼馴染であるシゲルであれば、それすらも完璧にこなしてしまうのだろうが。

(勉強は私よりシゲルに教えてもらった方がよ……くないかも。やっぱり)

 サトシが頼み込んだところでシゲルが彼を揶揄うのは目に見えている。
 なんとか勉強会に漕ぎ着けたとしても、『こんな簡単な問題も解けないのかい? サートシくん?』などとシゲルが嫌味を飛ばし、サトシがその挑発に乗って喧嘩が勃発するに違いない。
 そして結局、勉強できずに一日が終わってしまうのだろう。やはり2人の接触は避けるべきだ。

(私には普通に教えてくれるんだけど……)

 全く嫌味を言われないなんてことは無いのだが、それでもいつも真剣にコノハの勉強には付き合ってくれるのだ。
 まあそれは、コノハがポケモンディテクティヴという危険な職業を目指していることが関係しているのだろう。少しでもコノハがリスクを回避できるようにと、力を貸してくれている。

(……その真剣さを、ほんの少しでもいいからサトシに向けてくれれば)

 と言ってもかなり難しい話だろうが。
 話が少し脱線してしまったが、とにかく今はサトシの方をなんとかせねば。基礎ができていない時点で既に危うい。このまま旅に出るのはあまりにも危険だ。

「サトシ、どうするの? こんなんで旅に出てやっていけるの?」

「気合いでなんとかするぜ!」

「全部気合いでなんとかできるほど世の中甘くない」

「うっ」

 もちろん気合いも大切だ。何事も気持ちがなければ前に進めないし、精神力が強ければ強いほど人間は目標に近づくことができる生き物だから。
 しかし、気合いが全て解決してくれるわけではない。時には冷静な判断力が必要であり、それをするためには知識が不可欠なのだ。

「旅に出たら、助けを求めてもすぐに駆けつけてくれる人がいるとは限らない」

「……うん」

「ポケモンがみんな瀕死だったら? 状態異常だったら? 自分だけで切り抜けなきゃならないこともある」

「…………う、うん」

「私はね、サトシが心配なの」

「……コノハ」

 大切な幼馴染だから。サトシも、もちろんシゲルだって。
 だから、傷ついてほしくない。危険な目に合って欲しくない。
 そこでコノハはハッとする。

(…………シゲルも、こんな気持ちなのかな?)

 コノハもサトシに負けず劣らず無茶をする。その度にシゲルに口酸っぱく言われてきた。『無茶をするな』『怪我をしたらどうするんだ』と。
 ポケモンディテクティヴを目指すことについても現在進行形で反対している。『危険だからやめてほしい』と何度も言われた。
 コノハがサトシを心配しているように、シゲルもまたコノハの身を案じている。必死な様子で何度もコノハに訴える彼の気持ちが少しだけわかった気がして胸が傷んだ。
 それでも、その道を進まねばならない理由がある。

(ごめんね、シゲル……)

 ズキズキと痛む胸を抑えながら、コノハは再びサトシと向き合う。

「ごめんな、コノハ……」

「えっ」

「俺、がんばるよ! 勉強も!」

「……サトシ」

 そう、自分がいまできることなど限られている。まだポケモンを手にしていない自分たちは、少しでも知識を蓄えておくことしかできない。
 両頬を叩いて気合いを入れ直すサトシ。少し真っ赤になった幼馴染の顔を見て、コノハは笑みを乗せる。

「あっ、そうだ! そう言えば、シゲルのテストの点数は!?」

「そんなの満点に決まってるでしょ」

「くっそお! ラ・イ・バ・ル〜〜っ!!」

 顔の前で拳を作り悔しそうに顔を歪めるサトシのやる気が更に高まった。
 やはりシゲルという存在は、サトシにとって良い薬になるようだ。『シゲルにだけは負けたくない』、そんな気持ちがサトシを奮い立たせているのだろう。

「じゃあ、少しでもシゲルに追いけるように頑張ろう?」

「おうっ!」

「その意気。じゃあ、サトシにはーー」

 ドドン!!
 サトシの前に積み上げられる大量のテキスト。
 それを目にしたサトシは、石のように硬まってしまう。

「ハナコさんからの預かり物。たくさん勉強させてねって」

「えぇ〜〜!? こんなに無理だって!!」

「はい、ペン」

 頭を抱えるサトシに、コノハは無表情で青色のシャーペンを差し出す。
 涙目でそれを受け取ったサトシは渋々テキストを開いたのだった。
 その後、5分も持たずしてショートしたサトシの額に、コノハから眠気覚ましの超強力なデコピンを何発も撃ち込まれたのは言うまでもない。
 地獄の勉強会はまだまだ続く。


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