short story

□変わらない関係 前編
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ざわざわと賑わう屋台の間を通りながら、コノハは目の前に立つ大きなドームを目に映す。
ドームの中からは実況の声が外まで響き渡り、ポケモンバトルを思わせる大きな音が次々と耳に入ってきた。

そう、現在ここシロガネタウンではジョウトリーグ、シロガネ大会が開かれているのだ。
ジョウト地方に設置されてある八つのジムを巡り、全てのジムバッチを揃えたトレーナーに出場権が得られる。そしてポケモンリーグで優勝すれば、晴れてチャンピオンリーグへの出場権が手に入るのだ。

仕事の休暇を得たコノハは、そのポケモンリーグを観戦する為にシロガネタウンへ赴いた。気分転換というのも理由の一つだが、今大会には幼馴染であるサトシとシゲルが出場することになっている。
二人共予選を勝ち抜いたとサトシの母であるハナコや、シゲルの祖父であるオーキド・ユキナリから連絡を受けたコノハは、何とか長期休暇をもらいこうしてやって来た。

「おお、コノハ!こっちじゃ〜!」

ポケモンセンターの前で大きく手を振るオーキドと、その隣で穏やかな笑を浮かべるハナコの方へと駆け寄った。

『オーキド博士、ハナコさん、お久しぶりです』
「ブイ!」

「コノハちゃん、イーブイ、久しぶりね!」

「二人とも元気そうで何よりじゃ」

仕事のためコノハがマサラタウンを出たのは、オレンジ諸島から戻ってきたサトシ一行がジョウトへ旅を出た直後だった。

ジョウトで新しい仕事に就いたコノハのスケジュールは思った以上に忙しく、こうしてオーキドやハナコと顔を合わせて会話するのはジョウトへ来てから初めてだった。

『サトシとシゲルとはもう会ったんですか?』

「いや、これから会いに行くところじゃ」

「せっかくだから、コノハちゃんも一緒にと思って」

その言葉から自分を待ってくれていたのだと分かったコノハは、『お待たせしてすみません』と少し頭を下げる。
そんなコノハにハナコは、「いいのよ。コノハちゃんったら本当に律儀なんだから」と楽しそうに微笑んだ。
ハナコも久しぶりにコノハと会えて嬉しいらしい。

三人でサトシ達が泊まっているであろうホテルへと移動しながら、ちょっとした世間話をする。といっても、大体はコノハの仕事内容だ。
ルギア親子の事件や、いかりの湖の赤いギャラドスの事件。どちらもロケット団が計画していたもので、両方とも後始末に苦労したのを覚えている。

「じゃあその事件、どっちもサトシ達がいたの?迷惑とか掛けてない?」

『はい。迷惑どころか、力を貸してくれて私も助かりました』

なるべくハナコに心配をかけるような話題を出したくはなかったが、話の流れでそうなってしまった。けれど、サトシ達が手伝ってくれたお陰で、事件を解決に導けたのは事実だ。
それをハナコに伝えれば安心した表情だった。

「いくらカスミちゃんやタケシ君がいるからといっても、サトシったら後先考えないから、何だかんだ心配なのよね」

『わかります。アイツ、無茶しかしませんから。でもサトシは、旅に出てからすごく変わったように思えます』

旅に出る前は、それこそ本当に後先考えずに無茶をしてばかりだった。しかし、事件を通して思ったのだ。後先考えずに無茶をするのは相変わらずだが、サトシは行動しながらもちゃんと考えて動いているのだと。それが出来るようになっているのだと。

「サトシも成長しているんじゃな」

『でもそれをいうなら、シゲルだって変わりましたよね』

優秀なトレーナーだが、旅に出る前から非常にキザでプライドの高い面が強く目立ち、カントーを旅していた時は取り巻きの女の子を連れ回してイキがっていたものの、今では随分と大人びた性格になっていた。

「セキエイリーグでの敗北がシゲルを成長させたんじゃろう」

『……みんな、成長してるんですね。なのに私は……』

コノハの頭の中に浮かんでいるのは、この間行われたデュエル大会の事だった。
大規模な大会で、優勝すればいっきにマスターランクの称号が与えられる名誉ある大会。そんな大会に初出場にも関わらず、コノハは決勝まで上り詰めた。が、結果は準優勝。しかも決勝の相手には全く歯が立たなかった。
単純に、自分の実力がまだまだ足りていない。そう思ったコノハだったが、自分の師匠であるノア・シャーロック・ホームズの言葉によって、そんな単純な問題ではないことを突きつけられた。

「今の君に足りないものは、君が思っているものだけではありません。それに気づけなければ、君に探偵としての資格はありません」

探偵としての資格がない。
その言葉が、一気にコノハの自信を喪失させたのだ。
それから暫く、仕事も入れずにただひたすらノアの言葉について考える日々が続いていた。それでも何も答えは出て来ず、不安だけが増えて行く毎日だった。
そう、所謂スランプというやつだ。

──私は立ち止まったままで、全然前に進めていない。このままじゃいけないことは、わかっているのに……!

焦りと不安。それが更にコノハを追い詰めていた。
こんな時、サトシのあの行動力が羨ましくも思う。考えていても仕方がないということも頭では理解しているが、そうせずにはいられない。
完全に自分を見失っていた。

「コノハ、焦ることはない。時間はまだまだあるんじゃ。今は大会のことは忘れて、サトシとシゲルの応援につとめよう」

『!オーキド博士、どうして大会のこと……』

大会やノアとのことについて話した覚えはない。もしかして、所長が話したのだろうか。
ヤマブキ事務所の所長とオーキドは古い付き合いらしく、今でもよく連絡を取り合う仲だそうだ。それを考えれば知っていてもおかしくはない。

「いや、連絡を寄越してきたのは所長ではない。ノアくんじゃよ」

『……先生、が?』
「イブ?」

コノハは目を丸くした。どうしてわざわざノアがオーキドに話をしたのか、その真意がわからなかった。

「まあ、彼もコノハのことを心配しておるんじゃよ」

「コノハちゃん、人に頼ることなんてないですからね」

『ハナコさんも聞いたんですか?』

「私も心配だったから。私にとっても、コノハちゃんは娘同然なんだもの」

そう言ってニコリと微笑むハナコ。
色々な人に心配かけているな……。コノハは困ったように笑いながら、自分がとても情けなく感じた。

「コノハ、たまには自分から相談事を持ち掛けてみても、いいんじゃないかね」

『え、相談って……』

コノハはオーキドから目を逸らした。
自分から相談などしたことがないからだ。誰に、どうやって話せばいいのか、それがわからなかった。
そんなコノハの戸惑いに気づいたオーキドは、ニッと微笑んで、顔を俯かせているコノハへ言った。

「何のために、コノハを誘ったと思っておるんじゃ」

『!』

その一言で察した。
ノアから、コノハがスランプに陥っていることと、その理由を聞いたオーキドは、コノハの気晴らしも兼ねて応援に誘ったということ。
そして、サトシとシゲルと三人での時間を作ろうとしていることを……。

「旅に出てから、三人でゆっくり過ごすことなど無かったじゃろう。これを機に、存分にあの二人を頼るといい」

オーキドの言葉に、改めて自分が未熟者だと感じた。
こんなにも心配を掛けさせているようでは、優秀な探偵になれはしない。

他人に心配を掛けさせたくない。その気持ちは変わらないが、コノハもそこまで馬鹿ではない。
オーキドの言葉、ノアの行動、ハナコの気遣い、それは全て自分の足りない部分を指摘しているのだ。

ならばコノハが今すべきことは、経験豊富な大人の意見を素直に聞き入れること。そして、少しでも早く悩みを解決すること。その為には、誰かに相談をするということが近道だ。

『はい。ありがとうございます。オーキド博士、ハナコさん』
「イブイ!」

大人には敵わない。特に、自分をより理解してくれている人にはもっと。コノハはそれを改めて強く実感したのだった。


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