short story

□中編
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サトシとバトルを終えたその日の夜、外で用事を済ませて来たシゲルは真っ直ぐと自分の泊まっているホテルの部屋へと足を進める。

歩きながら考えているのは、今日のバトルのことやサトシのこと、引き分けのモンスターボールのこと……そしてコノハのことだった。

バトルでサトシに負けはしたが、シゲルの心に不思議と悔しさは残っていなかった。逆に、胸の中にあった重の様なものが外れ、すっきりとした気持ちになっていた。
旅立つ前の勝負で引き分けた時は悔しくて仕方が無かったのに、今は負けてもそれをすんなりと受け入れられているのは、まだ未熟だったあの頃と比べて確実に自分が成長できている証だと思った。

──人とは、変わるものなんだね……。

心の中でそんなことを呟き肩を竦める。

部屋のあるフロアへ辿り着いた時、扉の前に誰かの影を目で捉えた。よく目を凝らして見れば、コノハが扉に背を預けてじっと足元を眺めていた。
コノハがいることに驚いて声をかけようとする。が、その前に視線を感じ取ったコノハがシゲルの方へゆっくりと視線を向けた。

「コノハ!どうして君が……」

『待ってたわ』

慌てて駆け寄るシゲルに、コノハは柔らかく笑みを見せる。

『昨日、ここを去る時に誰かさんが寂しそうに私の背中を見ていたみたいだから』

「え」

コノハの言葉にシゲルは昨夜の出来事を思い出す。
レストランで夕食を取った後、シゲルはコノハに部屋に泊まって行かないかと誘った。が、シゲルの親衛隊の女の子達が乱入して来た事で、結局それは叶わなかった。
去って行くコノハの後ろ姿を見ながら酷く落胆したものだ。

『今日はもういないんでしょ?』

「うん。サトシとのバトルが終わった後に帰って行ったよ」

『そう。なら、問題無いわね』

楽しげにフフっと笑を零すコノハにシゲルは少し胸が高鳴るのを感じながら、扉を開けてコノハに部屋へ入るよう促す。
『お邪魔します』と口にして部屋の中へ足を踏み入れるコノハに好きな所に座るよう声を掛け、設置されているポットで湯を沸かす。
マグカップを二つ取り出し、それぞれにココアと珈琲の粉を入れて湯を注いだ。
ソファに腰を下ろしているコノハにココアが入った方のマグカップを渡して、シゲルはその隣に腰掛ける。

『……今日のバトルすごかった』

ココアにふぅーと息を吹きながら、コノハが少し静かな声で声を発した。そんな彼女の話をシゲルはマグカップに口をつけながら耳を傾ける。

『あんなに楽しそうに、全力でぶつかり合う二人を見たのは初めて。私も見ていて、すごく楽しかったわ。それに、何だか嬉しかった』

目を閉じ、口元を綻ばせ思い浮かべるのはサトシとシゲルのバトルの様子。先ほどサトシと別れた後も何度かこうして思い返すことはあったが、胸の中に必ず湧き上がってくるのは嬉しさと、熱い感情だった。そしてそれは今もそうだった。

「……さっき、サトシと会ってきたよ」

『サトシと?』

「ああ。……コノハは覚えてるかい?トレーナーになる前にあった、引き分けのモンスターボールのこと」

『勿論、覚えているわよ。忘れないわ。あんな衝撃的なこと』

一つの古びたモンスターボールを巡って釣竿を引っ張り合うという何ともおかしな光景を脳裏に浮かべ、苦笑いを浮かべる。同時に、もうずっと前の事のように思え、何だか懐かしくも感じた。

『いつもシゲルが勝ちっぱなしで、サトシが負けっぱなしだったのに、初めてあの日に引き分けたのよね。誰かさんは珍しくムキになってたけど』

「はは、あの時は心配掛けて悪かったね」

引き分けだよな?と問うサトシにこんなのは認めないと言い返していたシゲル。サトシと引き分けは負けと同じだと、らしくもなく意地を張っていた。
心配したコノハがシゲルの元へ話にやって来た時も、悔しさは治まらなかった。少し苛立ちも感じていた。だから、核心を突いてくるコノハに「ムキになっていない」と返したのを覚えている。

「ムキになっていたんだね。今なら素直に認められるよ。コノハには情けない姿を見せてしまったね」

『何を今更。別に今に始まった事じゃないでしょ。これでいいのよ、私達は』

これが在るべき形なのだと、コノハは思った。あの頃の自分達は子供すぎたのだ。早く大きくなりたくて、強がって、でもそれは結局駄々を捏ねる子供と同じだった。
でも、そんな幼い自分がいたからこそ、今はあの頃よりも大人になれたと実感できる。それが何よりも心地良いのだ。

『サトシは単純バカなまま真っ直ぐでいい、シゲルは自信過剰なまま堂々としてればいいのよ』

「ねぇ、それ褒められてる気がしないんだけど」

『きっと気の所為よ』

単純バカに自信過剰の部分に関しては貶しているようにも聞こえるが、コノハがそれを通していいたいのは個性を大事にしろということだろう。
幼馴染であるコノハに言われたからなのか、すんなりと納得する自分がいた。これも惚れた弱みなのだようかと苦笑を漏らす。

『それで?サトシと会って何してきたの?』

「……それは」

『まさか、あの日のモンスターボールの片割れを渡しに会いに行ったとかじゃないでしょうね』

「………………。」

黙り込むシゲルからそれが肯定の意味を示していることがわかった。コノハは呆れたように大きな溜息をつく。

『何でそんなことしたのよ。そのままシゲルが持っていても良かったんじゃない?』

「いや、僕なりにケジメを付けたかったんだと思う。あの日の勝敗を、ちゃんと受け入れたかった」

『…………ふぅん』

少し眉を下げて話すシゲルを見ながらコノハは思った。

──サトシだったら絶対に返すと思うけど……。

いつかサトシは言っていた、片割れのモンスターボールはポケモンマスターになるといういう願いを込めたお守りだ、と。サトシがお守りにする程、そのモンスターボールには思い入れがあるという事だ。そしてそれは、サトシとシゲルとが片方ずつ持っていないと意味がない。少なくともコノハはそう感じた。

『…………なんかいいなぁ』

うわ言のようにボソリと呟く。

「何か言った?」

『ううん。何も』

コノハの声が少し届いていたのか、シゲルが不思議そうに問い掛けてくるもコノハは何事も無かったかのようにココアを飲み続ける。

──ちょっと、羨ましいかも……。

幼い頃から感じていた、女である自分には入り込めない世界。よく言い合いをしていたものの、仲が良くなければ今の今までこの関係が続いていないことはコノハも理解していた。結局二人は幼馴染で良きライバルなのだ。

男の友情。サトシとシゲルがあの日取り合った引き分けのモンスターボールはその証だとコノハは思っていた。
だからなのだろう。シゲルがサトシにもう片方のモンスターボールを渡した事に納得がいかないのは……。

『……なんかムカつく』

「え」

口を尖らせるコノハに、シゲルはギョッとした。半眼で睨みつけてくるために彼女が感じている苛立ちは自分に向けられていることがわかる。
何かした覚えのないシゲルは戸惑いながら、ひとまず手に持っていたマグカップを机の上に置いた。

「コノハ、僕何かした?」

『別に。ただ……』

「ただ?」

少し考え込んだ素振りを見せた後、『やっぱり何でもない!』と声を上げるコノハにシゲルは更に戸惑う。そんな彼を他所に、コノハは先ほど買っておいたアップルパイを取り出しパクリとかぶりついた。


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