short story

□無表情な君に振り回される僕
1ページ/1ページ


 サトシと再会を果たし、トライアルミッションで課せられた「ファイヤーの羽」を入手したシゲルは、次なる目的地に向けて旅を続けていた。
 プロジェクトミュウには、先日、初めて顔を合わせたゴウも必ず参加するだろう。立ち止まっている暇はない。何せ自分が認めたライバルであり親友のサトシがついているのだから、ゴウに追いつかれるのも時間の問題だ。
 自分にとって、新たなライバルとなるであろう幼馴染のバディの存在に、シゲルは静かに口角を上げる。
 うかうかしていられない。もう一度、これまで集めたミュウに関するデータをまとめ、更に分析を進めなければ。
 ポケモンセンターに立ち寄ったシゲルは、宿泊部屋の机に資料を広げ、ペンを握り締めた。と、その時……ズボンのポケットに入れていたスマホロトムが振動し、着信を知らせる。
 シゲルは仕方なくペンを置き、その手でスマホロトムの画面を開く。着信相手を確認するも、知らない番号からだった。眉を顰め、恐る恐る通話ボタンをタップする。プツッと機械的な音が小さく響いた。

「……もしもし」

『あ、出てくれた。シゲル、久しぶり』

 透明感のある、静かな声が脳内に響き渡る。聞き覚えのありすぎる声だが、突然すぎる着信に驚いて身体がピタリと硬直した。
 3秒ほど経ってから再始動したシゲルは、相手に気づかれないよう小さく深呼吸をした後、声を発する。

「久しぶりだね、コノハ」

 わざわざ相手を確認する必要などない。この声が誰のものなのか問わずとも、大切な幼馴染のものであることくらい、すぐにわかる。

『オーキド博士から、シゲルの番号教えてもらったの。でもなかなか返事くれないから、間違えて別の人にかけてしまったのかなって少し不安になった』

「それはすまないね。僕も驚いたんだよ。まさか君から電話がかかってくるなんて、ってね」

 最後に会ったのはいつだったか。一番、記憶に新しい幼馴染の顔を脳裏に浮かべ、ふっと笑みを乗せる。

「ねえ、コノハ」

『?』

「ビデオ通話に変えてもいいかな。久しぶりだから、ちゃんと顔を合わせて話をしたいと思ってね」

『別にいいけど。ちょっと待って』

 数秒後、再びプツッと機械的な音が響く。それは、音声通話からビデオ通話に切り替わったことを表していた。シゲルもコノハと同様に画面を操作し、通話のモードを切り替える。
 その直後、パッと画面に幼馴染の顔が映った。それを目にした瞬間、トクンと心臓が小さく跳ねた気がした。
 久しぶりに見た幼馴染は、相変わらず無表情。それでも、シゲルを見つめる眼差しはとても穏やかで優しいものだ。

「こうして顔を合わせるのも久しぶりだな」

『そうねえ』

 久々の顔合わせに懐かしさを感じつつも、一目見ただけで、最後に会ったあの時からお互い更に成長していることが伝わった。それができるのは、互いのことを理解し合っているから、そして、幼馴染として過ごした時間の長さによるものだろう。
 シゲルとコノハだからこそ生み出せるこの空気感が心地よくて、そして、愛おしくて……シゲルは目を細めて画面越しの幼馴染を見つめる。

「そういえば、コノハは今何をしているんだ?」

『私はガラルに出張中。この前、ガラルで起きたダイマックス暴走事件の後始末中なの』

「ああ、あの事件か……」

 数ヶ月前、ガラル中を騒がせたダイマックス暴走事件は、シゲルも小耳に挟んでいた。
 不可能な場所でポケモンが突然、ダイマックスする現象が発生したことや、マクロコスモス社が所有するナックルシティの地下格納庫に封印されていたムゲンダイナが暴走したことなど、一連の出来事が新聞の記事で取り上げられたり、ニュースで報道もされていたのだ。

「相変わらず大変そうだね」

『本当に……事件の黒幕であるマクロコスモス社のローズ社長と秘書のオリーヴの行方が未だに掴めなくて大変なの。みんなテンション低いし、空気が重たいまま仕事と睨めっこの日々よ』

 まるでお通夜の時のように暗い表情を見せ、深く長い溜息を吐くコノハ。その様子から多忙さが伺える。
 そういえばとシゲルが思い浮かべるのは、シンオウ地方に居た頃に悪の組織であるギンガ団の野望を阻止した後の出来事。
 ギンガ団の企てを止めることはできたが、ディテクティヴのコノハは、ジュンサーやハンサムらと共に事件の後始末で駆け回っていた。もちろん、ナナカマド研究所の研究員たちも事件の関係者として操作に協力していたが、あまりの忙しさに撃沈していたコノハの姿は印象的だった。

「……ご苦労さま」

 苦笑を浮かべながら遠慮がちに労いの言葉をかければ、バタリと音を立てて机に突っ伏してしまう。相当、参っているようだ。
 コノハが画面下部に沈むと同時に、彼女の後ろでランチタイムを楽しむポケモンたちが映る。そこには、コノハが新人の頃からのパートナーであるエーフィとカントーでは見られない2匹のポケモンが、嬉しそうにカレーを頬張っていた。

「あれは……カジッチュとヤバチャかい?」

 林檎の形とティーカップの形のポケモンと言えば、この2匹しかいない。どちらもガラル地方に生息しているポケモンだ。

『……あっ、うん。ガラルに来てから仲間になった子たちなの。あの子たちも例の事件に巻き込まれた被害者で……』

 コノハが見つけた時には、キョダイマックスしたポケモンの技をモロに受けたせいで、2匹とも酷い傷を負っていたのだ。このまま放っておいてはおけないと2匹を保護し、事件が終わった後もしばらく面倒を見ていたのだ。
 今ではすっかり傷も治り、バトルも問題なくできるくらい元気になった。回復したら住処に返す予定だったが、カジッチュもヤバチャもすっかりコノハに懐いてしまい、そのままゲットすることになったのだそう。

『それより、そろそろ本題に入ってもいい?』

 その言葉に、電話はコノハから掛けられたものであることを思い出す。スマホロトム越しではあるが、久々にコノハと再会を果たし、気持ちが昂ってこちらが質問する流れができてしまっていた。
 すまない、と謝ればコノハは同じ表情のまま静かに首を振る。これは、別に怒ってないよ、という彼女のサインだ。

「で、一体どうしたんだい?君から電話なんて、珍しいじゃないか」

 しかもわざわざオーキド博士からシゲルの番号を聞き出して電話を掛けてきたのだ。なにか重要な案件なのだろう。
 シゲルは真剣な面持ちで、コノハの返答を待つ。

『ちょっと聞きたいことがあって』

「なんだい?」

 少し冷めたコーヒーの入ったマグカップを手に取り、静かに口つける。

『シゲルって、そんなにサトシのこと大好きだったのね』

「ゴフッ……!!」

 予想外の質問に盛大に噎せるシゲル。その拍子にカップの中でコーヒーが暴れる。口元をハンカチで覆いながら、液体が零れていないことを確認する。大事な資料にシミができていないことに安堵し、視線をスマホロトムの画面へ戻した。

「ケホッ、ゴホッ……い、いきなり、なんなんだい」

『昨日、サトシから電話があったの。久しぶりにシゲルと会ったって。で、「シゲルが俺のバディにふさわしくないってゴウに言ったんだぜ!」って言ってたから。珍しいこともあるんだなあ、と思って』

 相変わらずの無表情で、茶色の紙袋から大好物のアップルパイを取り出したコノハは、呑気にそれに齧り付く。
 幼い頃は特に嫌味な性格が前に出ていたシゲルのそれは、サトシに向けられることがほとんどだった。実際、コノハはそういう場面を数え切れないほど近くで見てきたのだから、その事実に間違いはない。シゲルが直接サトシを褒めることの方が少なかった。
 だからこそ意外に感じたのだ。そこまであからさまにサトシを認め、ゴウに挑発を向けるシゲルの言動が。

「確かにそう言ったが……それより、コノハもゴウ君と知り合いなんだね」

『え?ああ、うん。あのダイマックス暴走事件、サトシとゴウも協力してたから』

「……そうだったのか」

 既にコノハとゴウが知り合いであった事実に加え、彼らがガラルでの事件にも関わっていたことに驚きを隠せない。

『ほんとサトシって、昔から変なのに巻き込まれやすいわよねえ。ロケット団もそうだし、ジョウトでもホウエンでも、どこ行っても……』

 アップルパイを頬張りながら、各地方でコノハが担った大きな事件にサトシが必ず巻き込まれていたことを思い浮かべる。
 シゲルはまさか自分が知らない間にそこまで幼馴染の2人が大変な目にあっていたのかと数秒ほどフリーズしていたが、コノハのペースに呑まれてはならないと思考を切り替える。

『そういえば、オーキド博士から聞いたんだけど……プロジェクトミュウっていうのに参加するんでしょ?』

「ああ、うん。そうだよ」

『サトシとゴウも参加するの?』

「おそらく……いや、必ず参加するさ。彼らなら」

 シゲルの様子を見る限り、サトシとゴウがプロジェクトに参加する、とはっきり聞いたわけではないのだろう。だから、彼らが参加するか否かはただの憶測にすぎない。けれど、シゲルは確信している。自分の後を追ってくるだろう、と。

(シゲル、楽しそう……)

 ゴウの目標は、彼と会った時に本人から直接聞いている。世界中のポケモンをゲットして、ミュウに辿り着くことだと。
 そして、シゲルの目標は、全てのポケモンを研究すること。そして、そのためには全てのポケモンの遺伝子を持つミュウの研究は必要不可欠だと言う。
 目指すものは同じ。つまり、シゲルにとってゴウはライバルという存在になるということ。
 それを察したコノハは、一口サイズにまで小さくなったアップルパイを口に放り込み、表情を緩める。

『頑張ってね、シゲル』

「ああ、ありがとう」

 夢に向かって突き進む幼馴染は眩しくて仕方がない。シゲルも、サトシも、いつだって真っ直ぐ自分の目標に向かって突き進んでいる。だから、こうして純粋に応援したいと思えるのだ。
 3人バラバラの道を歩み、トレーナーになる前と比べて共に過ごす時間は減ってしまったが、この心地好い関係性は変わらない。

『ねえ、シゲル……』

「ん?」

 こうして言葉を交わしていると、懐かしさと共に湧き上がってくるのだ。また、3人で過ごしたい、と。

『今の仕事が落ち着いたら長期休暇もらえるの。またそっちに戻る予定だから、次サトシと会う予定があったら声かけてね。合流するから』

「……急だね。まあ、僕は大歓迎だけど」

『サトシを素直に褒めるシゲルも珍しいから見ておきたいし』

「君、面白がってないかい?」

 そんなシゲルの言葉をスルーして、真剣な表情で『録画の準備しなきゃ』と、通話を繋げたままスマホロトムをいじるコノハ。流石にそれは勘弁してくれとシゲルは頭を抱える。

「そんなに珍しいことかな……」

『昔のシゲルに聞かせたらどんな反応するのかなあって考えてちゃうくらいは面白いと思うけど』

「あのねえ……」

 完全にコノハのペースに呑まれてしまっている。そのことに軽く悔しさを覚え、どうやって彼女のペースを乱してやろうかと思考を切り替える。しかし……──

『あ、私そろそろ仕事に戻らなきゃ』

「えっ、ちょっと……」

『またね』

 プツンとスマホロトムからコノハの姿が消える。一方的に電話を切られ、シゲルはスマホロトムを持ったまま、また固まっていた。
 いつもなら愛の一言を添えて、彼女の慌てた様子を見ながら通話を切るのだが、今日はコノハの方が上手だったようだ。
 さて、次はどうやって負かしてやろうか。顔を真っ赤に染め上げる幼馴染を脳裏に浮かべ、シゲルは再びペンを握った。


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ