short story

□君の支えでありたい
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 ――バリバリバリバリ
 あまりにも激しい雷撃音に、僕は思わず目を覚ました。明らかに音の鳴り方がいつもと違う。
 僕は別に雷など怖くもなんともないが、睡眠を妨げられ目を覚ますことくらいはある。その上、今回の雷は規模が明らかに大きい。既にどこかで落ちていたって不思議ではない程に。
 地響きのような音に煩わしさを感じながら、重たい身体を起してランプを灯す。時刻を確認すれば、針が示していたのは四時一五分。せっかくの休日だというのに、随分と早く起きてしまったらしい。本当はもう少し眠っているはずだったのに。
 なんてことを思いながら、未だに布団に包まり夢の世界に居座る恋人へ視線を移す。
 コノハも基本的に雷は平気な人間だった。今もこうしてすやすやと眠っている。
 昔は苦手だったが克服したようだった。いや、克服という表現は正しくないか。本人も気づかない内に、平気になっていたようだから。

「昔は、僕に抱き着いて泣きじゃくっていたのにね……?」

 すやすやと眠る彼女の頭を優しく撫でながら問いかける。もちろん、返答はないけれど。
 もし、今もコノハが雷を怖がって、僕に抱きつくようなことがあれば、きっと僕はその状況を楽しんでいたことだろう。自分の性格の悪さにはほとほと呆れる。
 しばらくの間、彼女の長い髪に指を絡めながら愛しい寝顔を眺めていると、ゴソゴソと身じろぎし、ゆっくりと瞼を上げた。

「…………し、げる?」

「ごめん、起こしたかな」

 とろんとした目が僕を捉える。
 僕の問いかけに、コノハはふるふると小さく顔を振って答えてくれた。その仕草があまりにも可愛らしくて、口元がニヤけそうになるのを必死に抑えながら彼女の頭を優しく撫でる。それが心地好いのか、瞼をこすり再び夢の世界へ戻ろうと目を閉じかけた。その時。
 ――バリバリバリッッ!!

「…………!?」

 またもや雷が強い光と音を発した。流石にコノハも驚いたのか、大きく体を揺らし僕の服をぎゅっと握り込む。眠気もすっかり無くなってしまったようで、目を丸くしながら瞬きを繰り返している。
 その様子がなんだかおかしくて、ふふっと笑いを零せば、コノハは得意のプリンの怒り顔を見せる。まあ、プリンの怒り顔が得意っていうのは僕が勝手に言っているだけだけど。

「久々だね。雷で君にしがみつかれるのは」

「…………ただびっくりしただけ」

「ふうん……」

 僕の胸元に顔を埋めながら言われても全く説得力がない。僕は苦笑いを浮かべ、コノハの背中をぽんぽんと優しく叩く。
 いつもの彼女であれば、こんなに激しい雷でも気にすることなく再び眠りに落ちるのだろう。けれど、今日は違った。

***


 ここ数日、コノハは仕事が上手くいかなかったことを気に病み、精神的に参っていたのだ。彼女は、人やポケモンの命に関わる仕事に就いている。つまり、コノハの言う失敗は、『誰かを守れなかった』ことを意味する。
 昨晩、突然、僕に電話をかけてきたコノハの消え入りそうな声は、今でもしっかりと僕の耳に残っている。

「……………………シゲル、会いたい……」

 コノハから発せられた言葉は、たったそれだけだった。けれど、弱々しい声とその一言だけで、彼女の置かれている状況を十分に理解できた。
 放っておけない。率直にそう感じた僕は、急いで荷物をまとめて研究室を飛び出した。自分の研究の真っ最中だったが、そんなものは後回しだと判断し、研究所の先輩に頭を下げて頼み込んだ。事情を把握した先輩は、僕を責めることなく快く送り出してくれた。本当に、素敵な先輩に恵まれていると感じる。
 あらかじめコノハの滞在地を確認していた僕は、町に到着してすぐ彼女が泊まっているポケモンセンターへ急いだ。部屋番号を確認し三回ノックを鳴らして、室内に居るであろうコノハに届くように、彼女の名を呼ぶ。
 数秒後、ゆっくりと扉が開いた。僅かな隙間からコノハが僕の姿を捉える。

「…………しげる……?」

「コノハ、お待たせ」

 全く覇気が感じられないコノハの様子に不安を覚えつつ、それが彼女に悟られないよう優しく微笑んだ。
 扉が勢いよく開く。それと同時に、コノハが僕に飛びついて、僕の胸元に顔を埋めた。

「……………………シゲル、わたし」

「大丈夫。僕が居る」

 息苦しい程に僕の体がコノハによって締め付けられる。これはコノハの心の痛みだ。こんなにも自分を責め、僕が来るまでずっと一人で苦しんでいた。
 コノハの痛みの強さを実感し、自身の胸にもキリキリと鋭い痛みが走る。僕はそっと部屋の扉を閉じて、しばらく彼女を胸の中に収めていた。

「…………シゲル」

「ん?」

「……そばに、いて」

「うん。ここに居るから」

 心が少しでも落ち着けるように、優しく言葉をかけた途端、コノハの肩が震え出した。これは、彼女が涙を流すサインだ。僕はコノハの頭にそっと手を置いて、「安心して、好きなだけ泣いていいよ」と伝えれば、彼女から嗚咽が漏れる。
 コノハは、とても脆い女の子だ。大切な誰かを失ってしまった時、誰かを守れなかった時、ショックや自責の念に駆られると、今のように崩れ落ちてしまう。
 普段は凛々しく、正義感に溢れ、どんな敵にも立ち向かう勇敢な子だが、自分の使命を果たせなかった時の反動はかなり大きい。その度に長年そのショックを引き摺るなどということは無いが、数日は塞ぎ込んでしまうことはよくあった。
 どれだけ実力があっても、勇敢でも、コノハだって万能ではない。こういう一面があるのは当然のことだ。

「……ねえ、シゲル」

「どうしたんだい?」

「…………ありがとう、来てくれて」

 嗚咽が混じった震える声が、僕の鼓膜を震わせる。その言葉は、感情を吐き出したことでようやく肩の力が抜けたことを表していた。

「どういたしまして」

 彼女の頬を濡らす涙を拭い、優しくキスを落とす。突然の口付けに驚いたコノハは、一瞬、身体をビクリと震わせたが、目を閉じて身を委ねてくれた。
 数秒後、ゆっくりと唇を離し、コノハを見つめながら僕は言った。

「疲れただろう? 今日はもう寝よう」

 コノハの目の下に薄らとできている隈は、ここ数日、まともに睡眠を取れていないことを示していた。
 コノハがこくんと頷いたことを確認し、彼女の手を引っ張ってベッドへ移動する。そして、ゆっくりと横たわらせた後、僕も布団に潜り彼女を抱き締めた。

「僕がついているから」

「…………うん」

 頭を撫でながら囁けば、コノハは僕の胸元に擦り寄った後、静かに夢の世界へ足を踏み入れた。

***


 数時間前の生気を感じられなかったコノハと比べ、今は僕の嫌味に頬を膨らませるほど精神的に余裕ができたらしい。普段は平気な雷に驚いているくらいだから、まだ完全に回復したわけではないのだろうが。
 それでも、僕に対する反応も少しずついつものコノハに戻っている。そのことに安堵し、ぷくりと膨れる彼女の頬を優しくつつく。

「だいぶ落ち着いたみたいだね」

「…………うん。シゲルが、来てくれたから」

 なかなか嬉しいことを言ってくれる。好きな女の子にこうして頼られるのは、僕にとっては願ったり叶ったりだ。

「……シゲル。もう少し、このままでもいい?」

 ほんのりと頬を染めて、小さな声でお願い事をするコノハ。そんな彼女の愛おしいおねだりに、もちろん僕は折れるしかない。というより……

「僕は元々、そのつもりだったけどね」

 悪戯っぽく答えれば、コノハは一瞬キョトン顔を見せた後、安心したように微笑んだ。

「シゲル、ありがとう。…………すき」

「……君ねぇ」

 最後のその一言は反則じゃないかなあ。
 全くとんでもない不意打ちをしてくれたものだ。自分の動揺が彼女にバレないように、僕はコノハの唇に噛みついた。




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