short story
□寄り道で拾い上げた夢
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※アニメ沿い/DP&AG(BF)のネタバレ有
※ミクリカップ前のお話
※ハルカとそのライバル達もガッツリ登場します
「うん、よく似合ってる」
とあるドレスショップにて。試着室の前で仁王立ちしながら、シゲルは爽やかな笑みを湛えて頷いた。
彼の瞳に映っているのは、秋空色のワンピースタイプのドレスに身を包んだ幼馴染。頬を林檎色に染め、胸の前で両手をギュッと握り込み、必死に羞恥に耐えている。
お洒落が大の苦手であるコノハが、なぜこんな格好をしているのか。それは、数日後に開催されるミクリカップに出場するためである。
***
今から少し前、仕事の都合でジョウト地方に訪れていたコノハは、コガネシティでコンテストを控えていたハルカと久々に再会した。その時からずっと『コノハも一緒にミクリカップに出ましょう!』と誘われていたのだ。
もちろん、コーディネーターでもない自分が出場するわけにはいかないと何度も断ったし、シンオウでの開催となればドレスアップは避けて通れないわけで。女の子らしい世界とは縁遠い場所にいる自分が観客の注目を浴びる中、演技やバトルなどできるわけがない。
そんな理由から何度も首を横に振っていたのだが、いつの間にかハルカのライバルであるハーリーが手続きを済ませていたのだ。悪巧みが成功した時のハーリーの黒い笑顔はきっと忘れることは無いだろう。
それにしても一体どうやってエントリーできたのか。サトシ達(特にハルカの弟のマサト)から、ハーリーはいつもハルカの邪魔ばかりする、と彼の数々の妨害行為について聞かされてはいたが。謎である。
そんなこんなでミクリカップの出場が確定してしまったわけだ。
項垂れるコノハ。そんな彼女を慰めるのは、ハーリーと同じくハルカのライバルであるシュウとサオリ。ハルカとハーリーは2人仲良くはしゃいでいる。
『……私、コンテストの経験なんてないのに』
公式戦はテレビでしか見たことがない。ハルカのグランドフェスティバルもそう。生のコンテストバトルを見たことがあるのは、フェンネル谷でハルカとシュウがライバル対決をした時だけだったか。
職業の関係で、周りの視線を意識したバトルなんて普段やらないし、幼馴染のサトシやシゲルのようにポケモンリーグへ出場したことがあるわけでもない。
そんな自分が、いきなりドレスアップしてコンテストに出場するなど無理すぎる。その上、知り合いに見られでもしたら黒歴史確定だ。
『…………どう、しよう』
『コノハさん、僕らでよければお手伝いしますよ』
『えぇ、コノハさんがジョウトに居る間は力になれるわ。だから元気をだして?』
まるでお通夜の時のように沈んだ表情を浮かべるコノハを気の毒に思ったシュウとサオリが助け舟を出す。この時、コノハにはシュウとサオリが神様のよう見えた。救いの手が差し伸べられ、コノハは一先ず安堵する。
もちろん、不安が全く無くなったわけではないが、ハルカの先輩でもあるシュウとサオリの指導は心強い。
しかし、問題はまだ解決していない。(いやそもそもミクリカップが終了して問題解決というのだろうが)
『あっ、ドレスってどうすれば……』
コノハにとって最大の壁といっても過言ではないコンテスト用の衣装。シンオウのコンテストに参加する以上、避けては通れない難関である。
『…………い、いっそのこと、仕事の制服とか……』
『それじゃあ返って浮いてしまうわね』
『…………』
確かに。皆ドレスアップしている中、1人だけ制服など普通に違和感しかない。やはり着るしかないのかと、コノハは項垂れる。
『大丈夫よ!コノハなら絶対どんなドレスでも似合うかも!!』
『そーよぉ!だからそんなに暗い顔しないのっ!!』
『…………』
はしゃいでいたハルカとハーリーがコノハと隣に並んでポンと肩に手を置き励ます。
だが、悩みの種を植え付けた2人に励まされても全く効果はない。しかもーー
『シュウくんやサオちゃんなら、コノハちゃんに似合うドレス選んでくれるわよ〜!』
人任せかい。
『あっ、大丈夫よ!もちろんアタシも協力するから!!』
コノハの無言のツッコミを感じとったハーリーが、ウインクしながら付け足す。
なんだか自分のことにこんなにも付き合わせてしまうのは申し訳ないが(ハーリーとハルカは除く)、コンテスト向けのドレスなどどれを選べば良いかわからない。センスの無い自分が選ぶよりかは確実だろう。
『……そうねぇ、私達で選んでも良いけれど……でも、ドレスは他の人に任せましょう』
『……へ?』
サオリの言葉に、コノハは目を丸くする。それはシュウやハーリー、ハルカも同じだった。
『他の誰かって一体誰にお願いするんですか……?』
首を傾げてハルカが問えば、サオリは美しい笑顔を乗せて口を開く。
『コノハさんの幼馴染君よ』
『…………それって、もしかして』
コノハの脳裏に、ツンツン頭に整った顔立ちの幼馴染が浮かぶ。
帽子の方は、絶対有り得ない。だって、自分と同じくそういうお洒落には全くわからない子だから。
『シゲルのこと、ですか……?』
サオリは綺麗な笑顔のまま正解と頷いた。
なぜここでシゲルの名前が出てくるのか。そもそもなぜ、サオリが会ったこともないシゲルのことを知っているのか。
それはもちろん、コノハの話題にシゲルが登場したからである。ハルカとシュウの関係性が、なんだかサトシとシゲルに似ていると、コノハがそう感じたことがきっかけだったか。
幼い頃から見てきたサトシとシゲルのことからジョウトリーグでの出来事、そして、シンオウに来る前に2人が戦ったことなど……思い出話を幾つか語らせてもらったのだ。
『あの、なんでシゲルなんですか?』
『私達よりも彼の方がコノハさんのことよく知っていると思うし、適任じゃないかと思ったの。それに……いいえ、やっぱりなんでもないわ』
言いかけて、サオリはお上品な笑みを乗せて誤魔化す。
ここでシゲルを出したのは、思い出話からなんとなくコノハとシゲルの関係性について察したサオリなりの気遣いだったりするのだが。コノハはそれに気づかず首を傾けている。
『あ〜〜なるほどそういうことねぇ。確かにサオちゃんの言う通りね!その方がいいわ絶対!!ねっ、シュウくん!!』
『……そうですね』
サオリの思惑に気づいたハーリーが、ニタリと笑みを浮かべながらシュウの肩に手を置く。
そんなハーリーのテンションと距離感にシュウは不満げな表情を見せながらも、静かにサオリの意見に同意する。
『それじゃあ、今から電話でドレスのこと相談しに行きましょうよ!!』
『えっ、あっ、ちょっと……ハルカ……』
もちろんハルカも賛成。以前からコノハとシゲルの関係を耳にしていたハルカにとっては、これは美味しい話である。
ハルカは電話を借りるため、ノリノリでコノハの腕を引っ張ってポケモンセンターへと向かうのだった。