short story

□貫きたい正義
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※アニメ沿いDP軸ネタバレ(手持ち含め)有
※ギンガ団との決戦を終えた後のお話
※原作ゲームの内容組み込んでます
※個人的な解釈有り
※まだあんまり考えまとまってない中で書いたので支離滅裂なこと言ってたりします




 正義ってなんなんだろう。

 マサゴタウンの砂浜で、茜色の空を見上げながら、亜麻色の少女は独りごちる。カタチを持たない言葉は、空気と混ざり合って、余韻すら残さず消えた。波打ち際では、エーフィ達が楽しそうに駆け回って遊んでいる。そんな仲間たちの賑やかな声を耳に入れながら、夜を迎えようとしている空をただ眺める。
 いつからこんな疑問を抱き、自分にぶつけるようになったのだろう。ギンガ団の野望を阻止してから、だったか。アカギという人物について調べていく内に、いつの間にかこんなことを考えるようになったのだ。
 ギンガ団との戦いを終えた後もコノハら警察組は仕事に追われていた。アジトの調査、各地に散らばった残党の捕獲、ギンガ団幹部たちの取り調べ、失踪したプルートの捜索など、仕事はまだまだ大量に残っている。
 そんな中、アカギの過去と思しき情報を手に入れたのだ。それを元に、ギンガ団ボス・アカギという人物を形成するに至ったきっかけについてハンサムと推理を行い、ある1つの結論に辿り着いた。
 アカギが感情の無い世界を望み、新世界の創造を目論んだ理由。それは過去に、彼自身が”大切な存在”を失ったことがきっかけではないか、と。
 もちろん、これはあくまで1つの仮説に過ぎない。だけど、もしそうなら……彼もまた被害者だったのかもしれない。
 残酷な現実に打ちひしがれ、
 感情は必要ないと一蹴し、
 その思想が膨れ上がった結果、
 ギンガ団という組織が生まれ、
 今回の事件が起きてしまった……ーー

 コノハには、これがどうしても他人事のように思えなかった。
 だって、
 もしかしたら……ーー

「ーーコノハ」

 自分の世界に入り浸っていたコノハの耳に誰かの声が届く。ハッとして、静かに振り返った。

「…………シゲル」

 白衣を羽織った幼馴染が、優しい眼差しで自分を見つめていた。それに、トクンと胸が鼓動したのは気のせいだろうか。
 シゲルは何も言わずにコノハの隣に並ぶ。そして、先程の彼女と同じように橙色に染まる夕焼け空を眺めた。

「最近、何か考え込んでるみたいだけど。ハンサムさんが心配していたよ」

「…………」

「君のことだから、また難しいことでも考えているんだろう」

「…………」

 図星を突かれ、コノハは思わず目を逸らす。この幼馴染は本当に鋭い。特にコノハのことに関しては。昔からそうだったが、研究者を目指すようになってから更に観察眼が鍛えられたのではないだろうか。
 誤魔化しは効かない。そう判断したコノハは、溜息を零して心の内を明かす。

「……アカギのことについて、ちょっと」

「ギンガ団のリーダーのことか」

「……うん。さっき渡した報告書、見た?」

「ああ、一通り目は通したよ」

 捜査中のコノハがマサゴタウンに訪れていた理由は、報告書をナナカマド博士に届けるためだった。
 ナナカマド研究所のメンバーも、今回の事件の関係者であるため、こうして定期的に捜査の報告を行っている。もちろん、シンオウチャンピオンのシロナにも。
 フィールドワークに出ていたシゲルは、ついさっきその報告書に目を通したばかりだった。そして、コノハと共に研究所に訪れていたハンサムから、幼馴染の様子がおかしいことを聞かされ、こうして話をしにやって来たのだ。
 浜辺に佇む幼馴染は影を背負い、今にも消えてしまいそうなほどの危うさを感じた。声をかけて視線が合えば、彼女の瞳は少しだけ恐怖の色に染まっていて、重症だと判断する程にーー。

「……アカギの過去のこと、シゲルはどう思った?」

「えっ」

 その質問は少し予想外で、シゲルは目を丸くする。けれどすぐに表情を元に戻し、答えを提示した。

「気の毒だと、思ったよ」

 それが、シゲルの正直な感想だった。
 アカギの過去は、もちろんハンサムやコノハ達の憶測に過ぎない。けれど、もし本当にそうなのであれば、”大切な存在”を失った彼に同情はする。
 だけど、それがきっかけだとしても、この世界を崩壊へ導こうとした彼の行い、彼の持つ思想や価値観には一切共感できない。許すこともできない。悪に手を染めた人間に情けをかけられるほど、シゲルはお人好しにはなれない。
 だけど、隣に立つ幼馴染は、きっと違う。

「……わたしは、他人事に思えなかった」

 か細い声で気持ちを吐露するコノハの声は、酷く震えていた。

「もしかしたら、私も同じ道を選んでいたかもしれない……」

 脳裏を過ぎる過去の出来事。
 守りたいコがいた。
 守ると約束した。
 だけど、まだ幼く力の無い自分はその約束を果たすことができず、無様に地面に這いつくばって、ただ見ていることしかできなかった。そこへ、ワタルが駆けつけてくれたのだ。

「……私は多分、まだ、恵まれていた。運が良かった」

 今、自分が正しい道を歩むことができているのは、あの時、ワタルが助けてくれたから。そして、心の支えとなる幼馴染2人の存在があったから。
 もし彼らがいなければ、自棄になって、アカギのように感情というものを否定していたかもしれない。人間の憎悪が、人間の欲望が、恐ろしい凶器になることをよく理解しているから。理解してしまったから。
 だからといってアカギが望んだ感情の無い世界を受け入れることなどできない。彼の思想は間違いであると、断言できる。でもーー

「だけど、あの人にって、この世界の在り方は悪そのものだったんだと思う……」

 真反対の価値観。だからこそ、正しさの基準も違う。この世界を崩壊に導き、新しい世界を創り上げること。これが、アカギにとっての正義だった。
 そう考えた時ーー

「…………怖いって、思ったの。人の心が」

 分かり合えないことが、
 思想のぶつかり合いが、
 負の感情が、恐ろしいものに感じた。
 あの戦いは、コノハやサトシ達が持つ正義と、アカギの抱いた正義とのぶつかり合い。
 ギンガ団の企てを阻止するという大義名分がこちらにあったとしても、結局はそれぞれの怒りが招いた争いの1つであるという事実は変わらない。
 だから、アカギが説いた『怒りは破滅を招く』という考えを、コノハは完全に否定できなかった。

「……これじゃあ、アカギと変わらない気がする」

 アカギの持つ思想に同調できない。だけど、彼の言葉を理解できてしまった。
 そして、そんな自分を怖いと思ってしまった。こちらから見れば、ギンガ団の企ては完全な”悪”。なのに、組織のリーダーの価値観を完全に否定できなかった自分が、このままポケモンディテクティヴの道を進み続けて良いものか、そんな疑問が生まれた。
 だからか、分からなくなってしまったのだ。何が正しいのか。自分にとっての正義とはどういうものなのか。

「……………………こわい、な……」

 泣きそうな表情で、弱々しい声で、本音を零す。そんなコノハの体は、酷く震えていた。
 コノハは幼い頃から暗い所も、オバケも、ホラー映画も平気な女の子だった。雷が苦手な時もあったが、それもいつの間にか克服していたし、ガラの悪い大男に囲まれても物怖じしない、喧嘩だって強かったし、武器を突きつけられても動揺しない。
 だから、弱点なんて全く無いと感じる者が大半なのだが、コノハは決して万能なわけではない。今のように人が持つ心の闇に怯えることがよくあった。この脆さが、コノハの弱点。

(……全く。相変わらず不器用だなあ、本当に)

 情が深すぎるあまり、人の心について難しく考えすぎて、気持ちの整理が上手くできず、こうして自分を見失って、苦しんで。
 だけど彼女がこうなってしまうのは、それだけ生命と、心と、正義と、真剣に向き合っている証。

「コノハは、アカギとは違うよ」

 ピタリと震えていた体が止まった。けれど顔は俯いたまま。そんな幼馴染の頭に触れながら続ける。

「感情が必要ないなんて、君は思ってないだろう?」

「…………うん。でも、怖いって思うとき、ある」

「それだけでヤツと同類になるわけじゃない。誰だって感情を否定することくらいあるさ。君のポケモン達だって、そうだっただろう?」

 砂だらけになってはしゃぎ回るコノハのポケモン達へ視線を投げる。シゲルに釣られて、コノハも顔を上げた。
 シンオウで共に過ごした仲間たちが、笑顔で戯れている。そんな仲間たちの姿を目にしたコノハの瞳に光が灯る。

 最初は皆バラバラだった。やんちゃで孤立していたコリンク、悪戯ばかりするヤミカラス、人間不信に陥り攻撃的な性格のユキメノコ、そんな彼らと馬が合わず怒ってばかりなキルリア。
 パートナーのフシギバナとエーフィは、いつもやれやれとバラバラのチームを少し後ろから見守る日々。
 顔を合わせても口をきこうとせず、言葉を交わしたと思いきや喧嘩が始まって。まとめあげるのに苦労したものだ。
 だけど、今は違う。一人一人と向き合って、壁を乗り越えて、チームは少しずつ1つになっていった。
 傷ついて、悲しみに溺れ、怒り狂って、もがき苦しんで、心と向き合うことを恐れていた子たちが、今は幸せそうに笑っている。レントラーも、ドンカラスも、ユキメノコも、エルレイドも。絆が繋がった後輩達の様子に、フシギバナとエーフィも嬉しそうだ。
 そんなポケモン達を温かい眼差しで見つめていたシゲルは、視線を外し再び幼馴染と向き直る。

「いつも言っているけど、君はなんでも難しく考えすぎなんだよ」

「……そう、かな」

「そうさ。僕らと彼とじゃ、そもそも価値観の基準が違う。考え方が似ているように思えても、その意味は全く別のものなんだ。だから、それに君が惑わされる必要はない。コノハが正しいと思う道を貫いていけばいいんだ」

「…………うん」

 シゲルに頭を一撫でされ、コノハは安心したように目を細めて身を委ねる。そして、小さく唇を動かした。

「……シゲル、ありがとう」

 コノハが道に迷ってしまった時、シゲルはいつだって手を引いて元の場所へ連れ戻してくれる。幼い頃からからずっとそうだった。
 ぼーっとしながらフラフラとどこかへ行ってしまいそうになった時、呆れながらも必ずシゲルが引っ張ってくれた。
 それは今も変わらない。自分を見失っても、壊れてしまっても、シゲルがこうして傍に居てくれるから、私は私で居られる。

「本当に世話が焼けるよ。僕が居ないと駄目だねぇ、君は」

「……うん、そうかも」

「…………否定しないんだな」

「……?だって、そうでしょ?」

「…………」

 無自覚でこんなことを言うのだから質が悪い。シゲルはやれやれと頭を抱える。
 そんな彼の苦悩に全く気づいていないコノハは、疑問符を飛ばしながら無表情で首を傾けていた。

「ねぇ、シゲル」

「……なんだい?」

 呆れ顔を乗せたまま、コノハの呼び掛けに応える。

「私、わかったかもしれない……」

「なにが?」

「……私が、貫きたいこと」

 顔を上げて、真っ直ぐと地平線を見つめるコノハ。その横顔は、つい先程まで恐怖を宿していた彼女とは別人だと感じるほどに、凛々しいものだった。

「シゲル、私ねーー」

 意志を言葉に変える。
 コノハの決意に、シゲルは僅かばかり目を見開く。しかし、すぐに笑みを乗せてこう返した。

「できるさ、君なら」

 本心を伝える。
 コノハの想いは、きっと、そう簡単に実現するものではない。道のりは長く、ぶち当たる壁の大きさも想像を超える程のものになるだろう。
 それでも、いつかきっと、コノハなら成し遂げられる。根拠はないが、確信できた。
 シゲルの言葉に口元を緩め、はにかむような笑顔を乗せて、コノハは胸の上で両手を重ねる。新たに見つけた大切な夢を優しく抱くように、そっと……ーー



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