short story
□巡る想い、太陽の奇跡
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※イーブイがエーフィに進化する時のお話。
※時間軸AG(BF)/長編オリジナル展開/ネタバレ有り
※敵のポケモンから攻撃を受けてる描写多め
痛い。
苦しい。
身動ぎひとつしただけで、激痛が体中に走る。
それでもイーブイは立ち上がる。大切な相棒の心を救いたい、その一心で。
「イーブイっ……だめ。おねがい、だから…さがって、」
背後から途切れ途切れに紡がれる懇願の声。
敵の攻撃を受けてなお、無理やり拳を握ったコノハの体はボロボロだった。声を絞り出すのも精一杯のはず。それでも、大切な相棒に向かって叫び続ける。
ーーやっぱりコノハちゃんは優しいね。
大好きなパートナーは、どんなに傷ついていようが誰かのために戦う。
いつだって。
どんな時だって。
朦朧とした意識の中、イーブイの脳裏にとある記憶が浮かび上がる。それは生まれたばかりの時のこと。
生を受けたばかりのイーブイは、まだ鏡で自分の姿を見たことがなかった。そんな中、自分の姿をコノハに褒めてもらえたことがただただ嬉しかった。単純な理由かもしれないが、それがきっかけで、イーブイはこの姿に誇りを持つようになったのだ。
この世界に、自分と同じ姿をした別個体のイーブイが他にもたくさん存在しているとわかっても。コノハちゃんのイーブイはわたしだけなのだと、この姿を愛していた。
だから進化を選ぶことはなかった。
コノハと出会った"イーブイ"のまま強く在りたい。それを貫いていきたいと願った。この先もそれは変わることが無いのだろう。ずっと、そう思っていた。
だけどーー
ふっ、と意識が現実へ戻される。その瞬間、眼前に迫るカイリキーの拳。体力が限界に近づいているイーブイは、その回避ができない。
ーーゴッ
鈍い音が響く。小さな体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「イーブイっ!!」
痛い。
いたい。
くるしい。
激痛で頭が回らない。
周囲の音すら耳に入らないほどに。
それでも、パートナーの声だけははっきりと届いていた。枯れそうな声で。何度も、何度も、イーブイの名を叫んでいる。
再び迫るカイリキーの攻撃。負けじと立ち上がるイーブイに、コノハは叫び続ける。
「おねがい!戻ってきて……やめて!!もう、無理しないで……!!!!おねがい、だからッッ!!」
しかし、イーブイは応じない。
小さな体で脅威に立ち向かう相棒。イーブイの元へ駆けつけようと、コノハは全身に力を入れて起き上がろうと試みる。だけど、疲弊した体は言うことを聞いてくれない。
再びイーブイの身体に強い衝撃が走る。攻撃を受けながら、イーブイは思った。
ーーわたし、弱いなあ……
大切な人を支え、守る力すら無いのか。
イーブイの瞳から涙が零れる。
ーー進化した方が、よかったのかなあ
5つの姿を思い浮かべ、心の中でぼやく。
進化しなくたって強くなれる。コノハはそう教えてくれた。
実際、彼女の幼馴染が連れているピカチュウは、進化せずとも強い。
だから、きっと自分だってその道を貫いていける。そう思っていたのに、現実はあまりにも残酷で。思い描いた通りの道を与えてはくれない。
ーーだけど、わたしはこのままがいい
それが、コノハの隣で自分が一番幸せだと思う生き方なのだ。その筈だ。
なのに、腑に落ちないのはどうしてか。
ーー……ちがう
自然に浮かび上がったのは、否定の言葉。
ーー違う、気がする。これは、わたしが本当に望んでいることじゃない気がする。
薄らと瞼を開ける。イーブイの瞳にぼんやりと映るのは、泣きそうな顔でシゲルに支えられているコノハだった。
それを見てハッとする。
ーーわたしはコノハちゃんに幸せでいてほしい。笑顔でいてほしい。ずっと、ずっと……
過去に大きなものを背負ってしまったコノハ。苦しそうに、追い詰められた表情で、いつも自分の運命と戦っている。
そんなパートナーを、イーブイはずっと隣で見て来た。だからこそ支えたいと思ったのだ。どうしようもなく優しくて不器用な、彼女のことを。
なのに、どうだろう。泣きそうな表情でこちらに手を伸ばすパートナーを瞳に映す。笑顔でいてほしいと望んだはずなのに、いま、あんなにも悲しい顔をさせているのは、間違いなく自分。
イーブイの心に激しく渦巻く後悔。
しかし、同時に気づいた。
ーー……コノハちゃん、わたし、わかったよ。
イーブイが心の底から望んでいること。
ーーわたしね、コノハちゃんの心に寄り添えるパートナーでありたい……
いつだってわたしの気持ちを優先してくれた。
いつもわたしのことを考えてくれていた。
だからね、わたしもね、コノハちゃんのために生きていきたいんだ……
ーーわたし、コノハちゃんのためなら何だってなれる。
コノハちゃんを守るためなら、
コノハちゃんの笑顔が見られるなら、
わたしは、今の姿を捨てたって構わない。
イーブイの姿は、確かに自分にとっても特別だし、誇りだ。だけど、そんなプライドよりも大切なものがある。
いつだって。
どこにいたって。
わたしは、コノハちゃんを近くに感じていたい。
コノハちゃんが抱える痛みも、苦しみも、悲しみも、喜びも、楽しみも、幸せも、一緒に抱えて、未来を歩んで行きたい。
ーーあなたのために、生きたい。
だってわたしは……
私は、貴女のパートナーなんだもの!
その想いが、太陽の力を引き寄せた。
イーブイの体が白い光に覆われる。
その現象に、場の空気が一瞬にして変化した。誰もが驚いた様子で、目の前の光景に釘付けになる。
「…………いー、ぶい?」
相棒の名を呼ぶコノハの声は掠れていた。
小さな体は眩い光と共に膨張する。長い耳はたちまち三角形に、丸みを帯びた尻尾は二本に割れた細長いものへと変化していく。
ーーパァン
光の粒子が弾け、姿が現れる。
温かく眩しい太陽の光に照らされ、美しく輝く薄紅藤に染まった体。その姿があまりにも美しく、幻想的で、コノハは言葉を失った。
ゆっくりとこちらへ振り返るパートナー。全てを見透かすような紫苑色の瞳とかち合う。
「…………エーフィ……」
吐息と共に、その名が音となって小さく響く。
息を呑んで自身を見つめるパートナーを瞳に映し、エーフィは目元を和ませ、鳴いた。
「……ふぃあ」
もう、大丈夫。
安心させるように、優しく……ーー