short story
□伝えたい気持ち、隠したい本音
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※R15くらい
※傾向:切甘
少しずつ、意識が浮上していく。柔らかい温もりを感じながら、コノハはゆっくりと瞼を開けた。
ぼやける視界。その霞を払うために、何度か瞬きを繰り返せば段々と視界に映る色が、形が、明確になる。
「目が覚めたかい?」
瞳に映った大切な人。大好きな人。彼の優しい声が鼓膜を震わせ、心の中にじんわりと幸福感が広がる。
「おはよう、コノハ」
「………………シゲル」
愛しい名を音にすれば、シゲルは愛おしげに目を細めてコノハの頬に自身の手を滑らせる。頬を包み込む温もりがあまりにも心地よくて、眠気が襲いかかる。
このままシゲルの温もりを感じながら、夢の世界に戻るのも悪くない。そんなことをぼんやりと考えるが、それをしてはきっと暫く後悔してしまうだろう。
「……それじゃあ、僕はそろそろ出るよ」
シゲルの言葉が、一気にコノハの眠気を吹き飛ばした。そのまま勢いに任せて起き上がろうとしたコノハだが、今の自分の格好を思い出し慌ててシーツを胸元へ引き寄せる。
昨晩はシゲルと体を重ね、情事を終えた後は何も纏わぬまま彼の腕の中で眠りについたのだ。もちろん、今はシーツ以外に肌を隠せるものはない。胸元がさらけ出さぬよう、ギュッと抱き締めるようにシーツを強く握る。
頬を林檎色に染め必死で体を隠すコノハの姿があまりにも可愛らしいもので、シゲルはクスリと笑みを零す。けれど、微かに漂う色気の効果は、シゲルにとっては絶大で、このまま押し倒してしまおうかと危うい思考が過ぎる。それをなんとか振り払って、彼女の頭に手を置いた。
「…………もう、時間なの……?」
「……ああ、すまない」
しゅん、とコノハは落ち込んだ様子を見せる。
昨日が休暇の最終日であったシゲルは、今日からまた忙しい日常に戻る。もうここを立たねば、始業時間までに間に合わない。
手のひらからシゲルの温もりを感じながら、そっと彼のシャツの裾を親指と人差し指で摘む。寂しさから無意識に出てしまったものなのだろう。『行かないで』と言われているようで、シゲルは苦しげに目を瞑る。
「……次は、いつ会えるかな」
「わからない……」
シゲルは研究で、コノハは任務で、お互い多忙な日々を送っているため、こうして2人で会えるのも年に数回ほど。今回の予定が噛み合ったのも5ヶ月ぶりのことだった。
それぞれが歩む道の険しさも、そこにかける情熱の大きさも互いに理解している。半端にできない分、どうしても恋人の時間を犠牲にする他ない。
誰も、何も悪くない。それでも共に過す時間を確保できない歯痒さが罪悪感となってしまう。シゲルはコノハから視線を逸らし、苦しげな表情を見せる。
「……シゲル、そんな顔しないで」
コノハはそう言って、コツンと額を彼の胸元へ押し当てる。
そんな彼女の声は弱々しく、必死に寂しさを押し殺そうと無理をしているのがわかる。か細い声で慰めの言葉を送られても、説得力がない。
なんて嫌味を思わず吐きそうになったが、すんでのところで押しとどめ、まだ何か言いたげな表情を見せるコノハの頭をポンポンと撫でる。
話の続きをどうぞ。そう受け取ったコノハはほんの少し頬を緩ませ、口を開く。
「わたし、好きなの。シゲルが研究してる姿……」
その言葉に、再びコノハの頭に触れようとしたシゲルの手が止まった。てっきり『シゲルは悪くない』『お互い忙しいのだから仕方ない』など、気遣う言葉が出てくるものだと思っていたから。
「会えなくて寂しいけど、でも……」
一拍置いて、再び想いをぶつける。
「シゲルが頑張っている姿、大好きなの。小さい頃からずっと……」
シゲルを取り巻く環境は、他の子供たちと比べ明らかに違っていた。オーキド博士の孫として認識され、そんな立場から完璧を求められ、完璧で居続けていた。そのために、裏で多くの努力を重ねてきた。
そしてシゲルはそんな自身の姿を易々と見せようとはしなかった。例え、どれだけ親しい間柄でも。
だから、シゲルの全てを見てきたわけではない。
けれど、誰よりも知っている。ひたむきに、自身の立場と向き合うシゲルの姿を。そんな彼が大好きだった。幼い頃からずっと、ずっとーー
「いつだってめげずに、頑張り続けるシゲルが……だいすき、だから。えっと、その……だから、ね」
言いたいことがまとまらず、上手く言葉にできなくて、シゲルの腕の中で戸惑い始める。
相変わらずの不器用さと、必死に想いをカタチにしようとする姿に愛しさが込み上げる。
「コノハ、ありがとう」
そっと頬に手を添えて、桃色の唇に触れるだけの優しいキスを落とす。
突然の口付けに驚いてビクリと体を揺らす。けれど、ギュッとシゲルのシャツを掴んでそれを受け入れた。
それは、たった数秒の出来事。
このままずっと繋がっていたい。そんな願いも虚しく、二人の間に僅かな距離ができる。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「……うん」
コノハの頬に添えていた手を、流れるように頭へ。優しくひとなですると、ベッドから立ち上がる。それと同時に、コノハの人差し指と親指に挟まっていたシャツがするりと抜ける。
この場で二人を繋ぐものが無くなってしまったような虚しさを感じた。それを表に出さないようぎゅっと堪えて、コノハはシゲルの姿を目に焼きつける。
「じゃあ、また」
「うん。また、ね」
荷物を手にしたシゲルは、コノハから背を向けて歩き出す。
コノハはベッドの上でシーツを握り締めながら、その背中を見送る。
数秒後、ガチャリと部屋の扉が閉まる音が小さく響いた。それを耳にした直後、コノハは顔を俯かせてシーツを握る力を強める。
「…………シゲル」
行かないで。
掠れた声と共にぽたりと落ちた雫が、シーツに染み込んでしばらく跡を残していた。