とあるトリップヒロインの遊戯
□4 黙考、または偵察
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「近藤さん、戻りやした〜」
「買い物も済ませました―」
聞き慣れた部下の声と、ついさっき覚えたばかりの女の声が耳に届く。
話し込んでいた俺は、報告してくる山崎に少し待つように言い、私室を出た。
そのまま何気ない風を装って、玄関を通り過ぎると
「土方さん、ただいま戻りました」
足音に気づいたらしい畔巳が、荷物と格闘していた手を止め軽く頭を下げてくる。
「ああ」
一応返事を返し、その横でいまだ靴を脱がないでいる総悟に目をやった。
一瞬目が合うが、すぐに逸らす。
「畔巳、お前の部屋用意しておいた。自分の物持ってついてこい。宴会の食い物は置いとけ」
「わかりました。沖田さん、ではその荷物をお願いします」
「へーい」
そうして普遍的なやりとりをし、横に並ぶのを確認して奥へと進む。
廊下を歩きながら、気づかれないよう横目で観察した。
両手で抱えるのがやっとの荷物によろめきつつ、なんとかついてくる畔巳。
風呂敷やビニール袋ががさがさと音をたてるのに顔をしかめる姿は、年相応の少女のしか見えない。
俺が__いや、俺たちが危惧しているようなことが、こいつにできるのだろうか。
小柄な体躯に柔らかそうな肌。体の芯はしっかりしているが、体重移動を気にかけていない足取り。
そこらにいそうな、穏やかな世界で生きてきた雰囲気。
どこをどう見たって、普通の、ごく一般的な女にしか見えない。
だが_____
(副長さん、あなたはわたしのことを、女だから居させられないと思っているんじゃない。
___攘夷に関係している者ではないかと疑っている。
___自分の大将を狙う者ではないかと危惧している。
___組織を崩す者ではないかと危ぶんでいる。)
フラッシュバックするさっきのやり取り。
笑みをたたえながらも、瞳に存在する冷ややかさを隠そうともしなかった畔巳に正直ぞっとした。
怖いとかそういうのじゃねぇ。
なぜだかよくわからないが、苛立った。
ただ、嫌だった。
そういう目をしていることが。
普通に生きているはずの女が、俺たちと違い死とかけ離れているはずの少女が、冷め切った瞳で生きて大人を見ていたという事実が。
嫌だと思った。
そんな自分に苛立った。
「ここが、お前の部屋だ」
「一人部屋ですよね」
「当たり前だ」
いくつか廊下を曲がり、用意した部屋についた。
信用してねぇのか。出かけた言葉を飲み込む。
何を言おうとしたんだ、俺。
信用してねぇのはこいつじゃねえ、俺だ。
信用するつもりなんてこれっぽっちもなかったのに、なぜそんなことを言おうとした?
買ってきた服や小物を置いた畔巳は、部屋を見渡すと振り向いた。
「お待ち頂きありがとうございます。荷物を置いたのですが、次はなにをすればいいですか?」
「宴会の支度もあるし、夕食まで時間があるから……。屯所案内でもしてやる」
「助かります。あ、あと隊士さんたちのお名前と所属隊__は、無理ですね。明日から覚えます」
「……ああ」
よく、わからない。
こいつが何の目的でここにいるのか。
これまでした会話から察するに、こいつはかなり聡い女だろう。
隊士の名前や所属隊を聞こうとして自粛したのは、自分がどういう風に疑われているかをわかっているからではないのだろうか。
”知っている”じゃない、”わかっている”。
解って、いる。
理解している。
ただ知るだけじゃなく、そう考えている俺たちのことをわかっている。
想像に過ぎないのだが、畔巳の言動はそう思わずにはいられないものだ。
この国の人間なら当たり前の、黒い瞳。
今時の女にしては珍しく、真っ直ぐ他人の目を凝視していた黒い瞳は、俺であって俺でない、俺の中のその先を見ていた。
例えば、未来とか。
(ていうか、何言ってんだ俺)
キャラ崩れにも程がある。
未来って。
どんなSFだよ。
「土方さん、屯所案内のほうはどうされますか?」
「あ?……あぁ、今やる」
少し考えすぎたようで、畔巳の部屋の前で突っ立ったまま俺はぼーっとしていた。
少し不思議そうに首を傾げ見上げてくる姿を一瞥し、玄関でやったように「ついてこい」と言って来た道を戻る。
やはり横を歩きながら歩幅をあわせてくるのを確認し、軽く息をつく。
(読めねぇんだ、こいつの意図が)
意図さえあるかわからない。
だが、無いとはいいきれない。
言いようのないもどかしさと警戒心のなか、食堂につくまで沈黙は続いた。