紳士服店の女主人

□一針目
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やってしまった。そう思った。







夏も終わりかけの今日この頃、路上犯罪が増えている。

原因はこの気候だ。

春の次に陽気がいい秋の始まりが、露出や痴漢、果ては強姦といった、性犯罪者達の欲求を増長させている。

なので、毎年この季節には見廻り強化月間として隊士には一層の注意を呼びかけ、俺自身もできるだけ外にいるようにしていた。

しかし、先日あった大捕物のせいで、書類の整理が追いつかず、見廻りもままならない状態に。

やっと一段落ついたかと思えば、

近藤さんは警察庁からの呼び出し。

総悟は建造物破壊の始末書。

山崎は張り込みによるあんぱん生活の後遺症。

隊長格の連中も隊編成による武州行き。

夏の終わりで気を抜いたのか、隊士達は倒れるものがでる始末。

度重なる不運により、使い物になる身体は、副長の俺しかないときた。

書類整理で腰や肩がぼきぼきと嫌な音をたてているが、気づかないふりをして大通りや路地裏を歩く。

あらゆる文字と格闘していたからか、目も少し霞んでいた。

気分転換と称して歩を進めるものの、正直キツい。

特に今日はなんとも微妙な天気だ。

薄ぼんやりと、雲に遮られた太陽が光を放つ。

こもる熱気に耐えられず上着を脱いだ。

かと思えば不意に冷たい風がふき、ジャッケットを羽織る。

それを数回も繰り返していると、だんだん面倒くさく、というか不満がタラタラと胸にうまれる。

なんでこんな堅苦しい制服なんだ、別に安物の袴とかでいいじゃねぇか、そもそも制服っているのか?

まあ、こんなこと声を大にして言えないが。

それでも、一人の時くらいは不機嫌そうな面をしててもいいだろう。

万事屋には、瞳孔が開いていると嫌味を言われるが、好きでこうなったわけじゃない。

恐れられるのも、疎ましがられるのも仕方ない。

もともとこういう外見なんだから___





「あ」

ぼんやりと歩いていると、前方の団子屋から隊服を着たやつがでてきた。

なんの疲れもなさそうに颯爽と歩く姿に、自然と不満が大きくなる。

なんだ、いったい。俺が疲れてるのに見廻りをしている間に、呑気に団子を買うだあ?

どういう神経してやがる。

これはもう一回局中法度を叩き込まねばなるめえ。

意気揚々と歩く背中に追いつき、後ろ襟に手をかけ、顔を見ずに引きずる。

「う、わ!え、なんですか!?」

「なんですか、じゃねえ!勤務中に団子屋なんかに入りやがって、なにされるかわかってんだろうなあ?」

「確かに今は仕事中ですが…あなたに指図される覚えはありません」

「なにふざけたことぬかしやがる。その仕事さぼってしらばっくれるなんて、いい度胸じゃねぇか、あぁ?」

「さぼってませんし、しらばっくれてません!なんなんですか、あなた!!」

「そこまで嘯くなら教えてやるよ。副長の土方だ!」

「副長?土方?そんな単語存じ上げません」

「いい加減にしろよ、てめえ切腹させられてえのか!」

「しません、あなたにそんな権利はないです」

「このやろ……!」

「土方さーん、何やってるんですかィ」

あくまでも自分は無実だと主張し続けるこいつに苛立ち、振り向こうとすると、前から総悟が歩いてきた。

「これ、できたからハンコ押してもらおうと思ってあんたの部屋行ったんですけどね、いなかったから出てきたんでさァ」

手には今朝渡した書類があった。

「珍しく意欲的じゃねぇか、気味悪ぃ」

「別に。ちょっと行きたいとこがあるんで、早く終わらしたかっただけですぜィ」

欠伸をしながら言う総悟。

昼寝もせずにやりとげたらしく、書類は少々のしわが寄っていたが、内容はまともなものだった。

上着の内ポケットからハンコをだし、軽く押す。

「ほらよ、俺はこれから屯所戻るから、その行きたいとことやらに早く行け」

書類を押し付けながらまた歩き出す。

が。

「行きたいとこっつーか、会いたい人なんでさァ」

これで話は終わりかと思われたが、総悟の言葉によって引き止められる。

「へえ…その口ぶりからすっと女か?意外だな、お前がそういうのに興味があるとは」

「そういうのってのは多分色恋のことなんでしょうがねィ。
 ま、メンドくさいからスルーしやすが、半分正解で半分間違いでさァ。
 俺はある女の技術に興味がありやしてね、その人の店にいきたいんですが…目的は果たされた、って感じですかねィ」

「はぁ?何わけのわからんこと言ってやがる」

「まあまあ、とりあえず振り向いてくだせェ。すぐにわかりやすから」

「?」

総悟の言葉を訝しく感じながら振り向く。

すると。

俺が引きずっていたはずの隊士はおらず、代わりに隊服と似たようなものを着た女が、顔を紅潮させ俺を睨んでいた。
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