短期戦

□溶ける温度
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「寒いっ」


がたがたと引き戸を揺らす風の音を聞き、真選組女中の淡路は小さく声をだした。

これで寒さが軽減されるわけではない。

が、気合をいれることによって、自身の体から寒気を追い出したいのだ。


「みなさんが帰ってくるまでに部屋を温めないと………」


寒かろうが暑かろうが、この武装警察には関係ない。

365日いつでも犯罪は起こるのだ、そんなことに構っている暇はない___というのが、副長である土方の言葉である。

鬼と呼ばれる彼に文句を言える輩がいるわけもない。

なので、泣く泣く巡回に繰り出す男たち。

頬を赤くさせ、鼻をならしながら帰ってくる気の毒な隊士のために、淡路は自身の帰宅時間になると部屋をなんらかの形で温めておくのだった。

それは、湯たんぽを置いていたり備え付けのヒーターを点けておいたりという、本人にとってはごくささやかなことであったが、感謝する者は多い。

可憐な容姿と穏やかな性格、細やかな気遣いという、見事に三拍子を揃えた彼女は、真選組の天使と密かに呼ばれていた。






本日も、退勤時間が迫るなか、淡路は隊士の部屋に一つずつカイロを入れた着替えを置いていく。

一段と冷え込む今日、帰ってきた隊士たちが真っ先に風呂へと急行するのはもはや日常になりつつある。

その時、冷えた服ではせっかく温めた体をまた冷やしてしまう、そう考えた末のカイロ付き着物だ。

丁寧に畳んだ着物を、襖を開け閉めしながら部屋の真ん中にわかるように置いていく淡路は、最後の一人、沖田総悟の部屋の前まで来た。

なにかにつけ雑用を押し付けたり、からかわれたり意地悪をされたりするが、それは同い年というものから来るのだろう。

斬り込み隊長が自分と同じ18歳だと知ったときは心底驚いたものだが、幼さの残る横顔や態度を見るに連れ、それも納得した。

故に、不躾ながら多少の親近感を持っているのである。

それを本人に言えばどんなことをされるかわからないので、これまで心の内にそっとしまっているが。






ゆっくりと沖田の部屋の扉を横に滑らせ中に入った淡路は、懐に入れておいた使い捨てカイロの縁をピリ、と破り、ゴミはまた懐に入れた。

粘着部分はないものなので、着物が毛羽立つのを防いでくれる。

物が極端に少ない、悪く言えば殺風景な部屋だが、淡路はそれを好ましいと思っていた。

がらんとした空間は、まるで世界にたったひとり、淡路だけがいるような錯覚に襲わさせる。

鎧戸が閉まり、かつ電灯を付けていない薄暗い部屋は、沖田の声のようにゆるやかな時間を漂わせている。

カイロと着物を置き終わった今、淡路がここにい続ける理由はないが、しかし彼女は動けずにいた。

なぜだろう、とぼんやりと思案しながらも正座をしながら淡路はまだここにいる。

その時だった。

パン、という小気味良い襖の音をたて、この部屋の主、沖田総悟が帰ってきた。

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