短期戦
□そしてそこから動き出す
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「銀くん?レミ、あの人こわ〜い」
甘え声を出してすりよってくる傍らの女に微笑みを見せ、大丈夫、俺が守ると頭を撫でる。
そのままキスをねだるような仕草をされるが、こっちにそんな気はない。
あとのお楽しみだよ、と耳元で囁けば、恍惚とした表情でレミは頷いた。
「うん、レミ待ってる。だから、すぐ戻ってきてね?」
「ああ、待っててレミちゃん」
笑顔を貼り付けたまま、VIPスペースをあとにした。
向かうは、ロビーに立っている支配人と女のもと。
さっき聞こえた、聞き捨てならない言葉。
(___坂田銀時、土方十四郎、沖田総悟。この3人を貰いに来た。金はいくらでもあるから、さっさと連れてきてくれないか)
そのあと聞こえたのは、”身請け”、という単語。
それらを組み合わせれば、いや、組み合わせなくとも、女の要求は想像がつく。
長ったるしい黒い廊下を歩きながら、考えを巡らせる。
__引き抜きか、それとも単なる妄言か。
この街でも人気TOP3ホストである、”ギン”、”トシ”、”ソウゴ”を引き抜くなんて芸当、よほどの大金持ちしかできない。
それに。
(なんで俺たちの本名知ってやがる)
どんなに親密になった客でも、本名だけは教えたことがない。
しつこくせがむ女には、「秘密だよ」と甘い言葉で偽名を教えていた。
知っているのは、あとの2人だけ。
(まさか、あいつらが?……いや、ありえねえか)
もし仮に2人のどちらかが名前を喋ったとしても、3人全員がバレるなんてことはありえない。
3人が3人とも、本名が知られるのを嫌がっていたのだ、自分の名前まで教えるわけがない。
それに、情にほだされてベッドの上で口を滑らせるほど、馬鹿なやつらでもない。
(じゃあ、なんで………)
そうこうするうちに、ロビーにつく。
上司であり社長であり支配人である小男、内田の薄い頭を確認し、不自然じゃないよう笑みを調節する。
「内田さ〜ん。なんか聞こえたけどどうしたの?」
「お、おぉ。ギン、来てくれたか」
小心者、という字をそのまま体現したようなこの男は、厄介事に弱い。
変化に臆病でこそこそする嫌われ者だ。
そのくせ、金の匂いがするところに潜り込んでは利益をかすめとる。
「こちらのお嬢様がお前たちと話がしたいそうだ。席にお通し___」
「いやはや、君は耳が本当に悪いんだね、内田支配人。僕はこの店に用があって来たんじゃない。”3人”に用があって来たんだ。
つまらないもてなしをされるつもりも、退屈なパーティーをされるつもりもない」
一刀両断される内田の言葉。
怒りで赤くなる内田を見もせずに、不意に女が俺を見た。
瞬きを1つした女は、ここらでは見かけないほどの美人で、スタイルも抜群に良い。
身長はたぶん後輩の”ソウゴ”と同じくらいで、華奢な肩は科学者が着るような白衣で隠れていた。
センター分けにした長い黒髪をかきあげる姿は妖艶で、男なら一瞬で理性の鍵が崩れそうな唇は緩く結ばれている。
抱き心地のよさそうな体だ、と一通り観察し終えると、崩さずにいた笑みのまま口を開いた。
「どうされま「坂田銀時、御託はいいからそこのドアと柱に隠れている2人を連れておいで。君たちの主人は、たった今僕になった」
わけがわからない。
何がって?
こいつの言ってる意味が。
俺を呼ぶ声には甘ったるさの欠片もなく、会って早々フルネームで、しかも。
「よく、僕たちに気づいたね」
気配を消してこちらを伺っていたトシとソウゴが、ゆっくりと暗がりから歩み出てきた。
トシは無表情、ソウゴは微かに笑っている。
「ああ、気づくさ」
絶対に。
意味深に呟いた女は、おいで、と手を伸ばす。
___これが、これから始まる物語の序章。そして、痛みと傷みのプロローグ。