短期戦

□どんな甘い味がするのだろうか
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「愛してるよ」


ベッドで体育座りをしながら自室から持ち込んだ本に目を通していた女は、唐突にそう言った。


「………?」


まあ、唐突なのは今に始まったことではないので、目で続きを促す。見つめ合って数秒、ゆっくりと瞬きを一つしたあと、彼女は口を開いた。


「愛してる。荒北のことが大好き。
 もし天国とやらに一つだけ記憶を持っていけるのだとしたら、君という存在全てを記憶に刻み込んで幸せに暮らしてやろうと思うくらい」


「随分熱烈じゃナァい?」


「これでもだいぶん抑えたつもりなんだけどな」


首を傾げながらベッドから立ち上がると、枕を床に放り投げ、俺が座っている勉強机の椅子の前でぴたりと立ち止まった。身長差はあるほうの俺らだが、座っているのが俺で立っているのが彼女なら、当たり前に彼女が見下ろす形になる。いつもなら、俺と違ってやっぱり美人だネ、なんていう軽口がでてくるのだが、それよりも、なぜ枕を下に投げたのかが気になる。それは床に置くものじゃないだろ。抗議をこめて視線を落とすと、こっちを向けと言わんばかりに頬を小さな両手で挟まれ、見つめられる。キスできるかできないかのギリギリの距離だが、そんな雰囲気ではないのは火を見るより明らか、だったっけか。こんなことをしても黙ったままでいる彼女が、口下手で、小難しいことを考えたがりで、その小難しいことに縛られて何も言えなくなっているのがわかっているのに、受験で鍛えた俺の脳みそはどうやったってお勉強方面のことと結びついて、ちょっと情けない。
情けねえ俺だけど、こいつの彼氏も俺なんだから、相も変わらず口を閉じたままの彼女の腰をそっと引き寄せて、膝の上に座らせることくらいは、憎たらしい脳みそがお勉強と仲良しこよしでいても、自然にできなくちゃならないんだが。


「ありがとう。愛してるよ」


ついでに背中を撫でてやると、遠慮がちにTシャツの裾を緩く握って、肩甲骨あたりにでこを押し付け、礼と一緒にまた愛を囁かれた。

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