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□悩み
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持久走は嫌いだ。
何故って、
「名無しさんちゃん」
「?」
クラスメイトの橘くん。
水泳部部長の優しい雰囲気の男の子だ。
初めて話しかけられた気がする。
「大丈夫?」
「……えっと、何が?」
何か普通でない顔をしているのだろうか、私は。
「さっきお腹押さえてたから。痛いのかな、って」
「――、」
さっき。
それはつまりつい先ほどの体育の時だろう。
どうしよう。
これ、言っていいのかな。
でも折角心配?してくれてるみたいだし。
うーん、まぁ、……いいか。
「ええと、あれはね、」
「?」
垂れ気味の目が私を見る。
「その」
「うん」
「……お腹じゃなくて」
「え?」
首を傾げた橘くんが、視線を下げた。
「……胸が揺れちゃうから、こう」
胸の下、ちょうどお腹の上の方でぐっと腕を組むと、自分では自慢でないいや寧ろいらないと思うくらい主張の激しいそれが持ち上がる。持久走はしっかりしたやつ付けてこないと、って今日思い知らされた。
……確かにこれじゃあお腹痛いのかなって思う格好だったかな。
ここで実践してみせたのがまずかったかもしれない。
下げていた視線を大げさなくらい横に逸らした橘くんが、言葉を失っていた。
「……、……!!」
「固定して走ってただけで……えと、橘くん?」
口をぱくぱくさせたかと思うと、見る見るうちに顔が真っ赤に変わっていく。
目も面白いくらい泳いで、そんなに動かしてたら回るんじゃないかなと思った。
「ごっ、ごめん、そんなつもりじゃ、その、」
違う違う、って言うみたいに手を前に出してぶんぶん振って、どもりにどもった挙げ句。
「〜〜〜っ!!」
「あ、ちょっ、橘く……あー」
橘くんは走り去った。
私、ものすごく悪いことしたかもしれない。
「……ふふ」
明日、もう一回話しかけてみようっと。
……背が高くて体格も立派なのに、ちょっと可愛かった。
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