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「ごめん、明日から一週間くらい無理」
「ハァ?」
「地元の同窓会行ってくるから。ごめんね、その次の週なら大丈夫」
「マジかよ……めんどくせ」



 チッ、なんて舌打ちされた。
 嫌な男。













 同窓会。
 誰が言い出したのかは知らないけど。



「わ、久しぶり」
「元気だった!?今何してんの?」
「働いてるよ〜」
「俺もう就職したー。マジブラック」
「彼氏できたぁ?」
「サークルの先輩イケメンだよ〜。そっち大学どぉ?」
「あ、あまちゃん先生だ〜!」



 大学の話、会社の話、人付き合いの話、思い出話。
 様々な会話が交わされて、最初は輪の中に入ってた私も流石に疲れてしまった。
 自然にそっと抜け出して隅の方でぼーっとみんなを眺める。

 本当にみんな、変わってないといえば変わってないけど随分大人になってしまった気がする。
 見た目だけじゃなく、話す内容や細かい仕草も、なんというか世間慣れしてて、自分がまだまだ子供みたいだ。



「あれ、ハル?……ハルー?」



 心臓が止まったかと思った。

 一瞬の静寂のあと、早鐘のような心拍は他の誰のせいでもない。
 あの、声。



「……はぁ、変わってない……」



 すぐどっか行くんだから、なんて困った風に言う穏やかで優しくて、でも何となく抜けた感じの声は、間違いない。
 ……真琴くん、だ。

 どうしよう。


 真琴くんと私は高校時代付き合っていた。
 水泳部の主将だった真琴くんは部活で忙しそうだったけど、休みの日は一緒にお出かけしたり、恋人らしいこともたくさんした。
 好きで好きで堪らなくて、こんな人と一緒に一生過ごせたらなぁなんて考えたこともあるくらい。


 でも、私たちの進学した先は遠く離れた大学だった。
 最初は遠距離で我慢しようって思ってたけど、やっぱり辛いものがあって。私の方から振った。
 中々納得してくれない真琴くんに酷い言葉を浴びせて、半ば無理矢理。

 思い出したくなくて忘れたくて、言い寄ってきた人と適当に付き合ったりもした。真琴くんもいるSNSにわざとらしく画像を投稿してみたりして、何とかしてお互いの記憶から消そうとしてた。


 今日のこの同窓会も、彼がいるから行かないでおこうかな、なんて思ったくらい。でもやっぱり他の子とは会いたいし、辛くて仕方なかったけど折角誘ってくれたんだから、とも思ったから。



「――、」



 真琴くんが軽く息を呑む音が聞こえる。
 ……どうしよう。


 目を合わせないように俯いていた私の足下に、影が重なった。 



「はい。……飲む?」



 差し出されたそれは、七瀬くんに渡すつもりだったんだろう。
 受け取ると、3年前と変わらない笑顔が返ってくる。
 
 
 私は3年という長い年月を経ても、結局忘れられなかった。
 現に、今もこんなに好きで仕方ない。












 会場を抜け出して、真琴くんの車に乗った。
 無駄なものはないけど洒落た綺麗な車内で、自然と背筋が伸びてしまう。


 忘れたかった。でも、思い出はこびり付いて剥がれない。
 


「何年ぶりだろ……3年かな?」
「そうだね。まこ、…………橘くん、元気だった?」
「うん。名無しさんも元気そうでよかった」


 
 遠くを見る私とは逆に、まっすぐ見詰めてくる真琴くん。
 
 昔と同じように呼べなくて、つい苗字になった。
 なのに、真琴くんは変わらなかった。名無しさん、なんて。


 静寂。

 あの頃は苦でも何でもなかった静けさが、今はこんなに痛い。
 何か話題、振らなくちゃ。



「また彼氏できたみたいだね」 
「え?」
「何人目?」
「……あ、うんと」



 口を開きかけると、真琴くんが先に言った。

 
 何人目、って。
 3、……いや、5?くらい……かな。



「えっと、」
「5人」
「……え」
「当たり?」
「…………うん。真琴くんは?」
「俺もそのくらいかな」



 笑いながら言う真琴くんにぞく、と背筋が粟立った。

 確かに載せたけど、全部把握されてた?
 ……まさか。


 
「あの、橘く」
「名無しさん」
「……はい」
「もうちょっと2人になれるとこ、行っていい?」



 それがどこなのかぐらい、私だってわかってた筈なのに。






☆ 







 機械仕掛けの受付を通って部屋に入る。
 部屋の作りは大抵同じ。入ってすぐベッドが見えて、シャワー室があって。



「こういう所、来たことある?」
「……それなりに」
「そっか」



 ……ここに来たのはゆっくり話すため、だもん。
 何でこんなにどきどきしてるんだろう。


 ドアを開けた横の所にカードを通す機械がある。
 その動作を終わればもう、完全に閉鎖された空間だ。


 鞄を置いて、とりあえずコートを脱いで腰掛けようかなと考えた。

 ……時だった。



「――、」



 え?



「……名無しさん、」
「や、ちょっと……ッ」



 上着を脱ぐ前に後ろから抱き締められた。

 変わらない身長差、息の当たる位置、腕の力。
 ……何でこんなに覚えてるのかわからない。でも、身体が知っていた。


 真琴くん、変わってない。



「待って、ねぇ、」
「名無しさんも期待してただろ?」
「あ、ッ……」



 熱い唇を耳に押し当てながら、真琴くんが私のコートのボタンを外していく。
 
 なんとなく、慣れてる気がした。5人くらいと付き合ったのなら、それなりの経験数なんだろう。
 私だってそうだ。慣れてる、はず。連れ込まれて無理矢理されたことだってある。
 
 ……でも、違う。
 立ってるのが辛いくらい、心臓がうるさい。

 こんなこと、他の人ではなかったのに。


 真琴くんに腕を抜かれたそれが、ずるりと床に落ちた。

 腕がお腹の辺りにまわされて、ぎゅうって力を込められる。

 
 
「……会いたかったよ、ずっと」
「っ、うそ」
「ほんと。……いくら違う女の子と付き合っても名無しさんが忘れられなくて」



 鼓膜を擽る真琴くんの声が心地いい。
 

 実質高校時代付き合った時間の方が卒業してから今までより短いのに、なんでこんなにぴったり嵌るんだろう。 
 性格とかよく合うなとは思ってたけどそれだけじゃなかった、のかな。

 そういえば。身体の相性がいい2人は上手くいく、なんて聞いたことがある。
 確かに私は真琴くんがされて嬉しいって言ってたこと全部覚えてるし、彼だってそうに違いない、けど。



「……やっぱりやめた」
「?」
「なんか勿体ないよな。お話しようか」



 一瞬だけ体温が離れて、真琴くんの腕が私の肩を抱く。
 斜めを見上げれば、嫌?と目で訴えられた。

 とんでもない。だってこれ以上進んだら、どうなるかわからない。


 ……戻りたくない訳じゃない。
 できるならまたあの頃に帰りたい。

 でも、できないから辛いんだ。
 離れているとどうしても会えなくて、時々相手を疑ったり些細なことで言い合ったりしてしまう。
 もうあんなの懲り懲りだし、それならいっそ忘れてしまいたい。

 戻れなくなるくらい浸かってしまう前に退かないと、だめなのに。

 
 
 肩が触れるくらい近く、ベッドに腰掛けた。



「俺さ」



 足をぶらぶらさせながら、その声を聞く。



「大学出たらこっちに戻ってくるよ。そしたら、どっか部屋借りて2人で一緒に暮らさない?」



 反応できなかった。

 ……は? 



「名無しさんがいいって言ってくれるなら俺どこの会社にでも受かる気がする」
「……ぁ、え、っと」



 訳の分からない自信や握った両手や真面目な顔にいつもなら突っ込んでるところだけど、そんなことできない。

 何言ってるのか、ちょっと、え?



「岩鳶はちょっとわかんないけどさ、ほら、渚や怜の住んでたところ。あの辺って割と都会だしマンションとか多いんだよね」
「まこ……っ、橘くん、待って、」
「こないだ調べたんだけどやっぱり2人で見た方がいいかなぁって。ペットとか飼えた方がいい?名無しさん猫好きだったよな」
「待って、……ねぇってば!」



 おかしい。
 
 何言ってるんだろう、真琴くん。

 え?私、真琴くんにひどいこと言って無理矢理別れたんだよ?3年くらい連絡とってなかったし顔も見てなかった。ちゃらそうな男の子と一緒に写った写真も載せた。適当な男の子と何人も付き合ったしデートもキスもセックスも数えられないくらいした。誰がどう見たって私、クズみたいな女になっちゃったんだよ?

 ……なのになんで、



「なんで、そんなに優しいの……?」



 優しいだけじゃない。会いたかった、って言ってくれた。

 就職だって向こうでした方が絶対いい仕事あるのにこっちに戻ってするって。
 住む所まで調べた?1人で?私がまだオッケーも何もしてないのに?この同窓会に来るかも定かじゃなかった筈なのに?


 震えてしまった声でそう言うと、真琴くんは笑った。



「なんでって……名無しさんが好きだからに決まってるだろ?」
「――、」
「色々諦めさせようとしてたみたいだけどなんか見え見えで逆効果だったよ。俺と写ってる写真の方がずっと笑ってるし可愛いよ。ほら」
「っ、わ、」


 
 はい、と見せられた携帯電話。画面には、制服姿の私と真琴くん。
 いつ撮ったのかも忘れた、写真。

 ……ばかじゃないの?

 携帯電話、変わってる。
 なのになんで写真残ってるの。
 
 なんで、……!


 ……'名無しさんが好きだから'?


 
「〜〜〜ッ、ふぇ、……」



 じわりと滲んだ視界は、一瞬で弾けるように霞んで閉ざされた。

 唇を噛んでも、必死に堪えてもだめだった。
 驚くくらいぽろぽろと涙が溢れて、止まらない。



「え」
「ひっく、ぁ、うぅぅ」
「名無しさん?……嘘だろ、泣いてる!?ごめん、俺なんかした!?」



 面白いくらい慌てる真琴くんは、一度だけ見たことがある。きっかけは忘れたけど私が泣いたら真琴くん、慌てすぎて自分まで泣きそうになってたっけ。どうやって仲直りしたんだっけなぁ……。

 
 ……だめだ。好きで好きで堪らない。
 こんなに優しい好きな人を、忘れられる訳がないじゃない。


 ばかは私だ。
 忘れたいなんて、自分を騙すための嘘。



「ごめ、ひっく、……っなさ、ごめんなさい、ぇっく、……まことく、っ」


 涙が熱くて、乾いたところがぴりぴりする。瞼も重たくなってきた。

 あんまり化粧は好きじゃないから厚くはしてないけど、それにしても崩れたひどい顔をしてるに違いない。
 なのに真琴くんは私を見て、困ったように、それでも嬉しそうにいつも通り笑ってる。

  

「……やっと戻った」
「え?」
「なんでもない。……大丈夫大丈夫」



 よしよし、とちっちゃい子をあやすみたいに撫でられる。真琴くんはぎゅううって潰されるかと思うくらい私を抱き締めてくれたあと、背中をさすってくれた。

 ……どうしよう。私、この人から離れたくない。













「………………」
「おはよ」
「……、」
「よかった。目腫れなくて済んだね」
「……?」
「まだ眠い?いいよ、寝てて」
「――!!」



 がば、と跳び起きる。


 ……あれ?え、私いつのまに寝ちゃった?えっと、昨日は、……ええと。泣いて泣いて泣きまくって、それから、……うん、と。



「……真琴くん、あの後は……」
「え?」
「覚えてない、んだけど」
「ああ。……えっとね」



 私の横に添い寝しててくれたらしい真琴くんも起きあがって、ベッドの上に2人して座る。

 正座した私の前で、真琴くんは崩した胡座で考え込んだ。

 

「そう、普通に泣き疲れたみたいで寝ちゃったかな。あ、ごめん。俺勝手に顔拭いたり目冷やしたりした」
「ごめんなさい」
「えぇ!?そんな頭下げなくても!」



 目冷やしたりって!
 確かにあれだけ泣いたなら普通次の日瞼が腫れ上がって悲惨なことになってるはず。でも今私の視界は良好だし、不快感も時にない。
 相当大変だったんじゃないだろうか。
 
 ……ああ、また泣きそう。



「名無しさん」
「……はい」
「もっと甘えてくれていいよ?ていうか俺そっちの方が好きって知ってるだろ?」
「……ええと」



 長男恐るべし。












「名無しさん、名無しさん、」



 部屋を出る準備をしていたら、おいでおいでと手招きされた。
 ……そろそろ帰らないと親から電話来ちゃいそうなんだけどなぁ。

 耳を寄せると、



「もう一泊しようよ」
「え?」
「どうせ1週間くらいこっちいる気だろ?俺も」



 情けないくらい甘ったるい声でそう言われた。
 そのあと耳朶にちゅってキスされて、これはつまりそういうことかな、……なんて。













「あ、もしもし?俺だけど……うん、えっとね。ごめん、別れよう。……うん、本気だよ。……うん、」
「!?」
「え?……いや、別に何でもないよ。……、……うん。じゃあね」
「……真琴くん、刺されないでね」
「ん?あはは」









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