ときメモGS4

□引き抜きにくい釘
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彼女からの着信。
珍しい。
スクリーンショットを撮りたくなったが我慢した。



「もし?」
「な、なななななつもりくっ」
「なに。緊張してんの?」
「してる……たすけて……うう」
「ビデオにしてみ」
「え、ああ、うん……」



暫くの間の後、画面に美奈子の困り顔が映し出された。



「よ」
「よ、よー」
「プッ……スゲェ顔。眉毛がキレーな八の字に……」



普段の様子からかけ離れた表情に思わず笑ってしまう。



「お、思ってたよりすごいビルで……こ、ここ入るの……足震えて……」
「見せてみなさい」
「えっ、ビル?」
「全部。引きで」



美奈子が腕を伸ばす。

彼女の上半身と、奥に立派なビルが建っているのが映された。
精一杯伸ばしているのか緊張なのか、小刻みに揺れている。



「……ん。カワイイ」
「可愛くないよ!?仕事できそうな人しか出入りしてないんだよ……」



いやビルじゃなくてあんたの困り顔が、とは訂正せずに関係ない話を振ってやる。

数回会話でキャッチボールをすると、美奈子がいつも通り薄く笑い始めた。



「なんか、震え止まった。ありがとう」
「何も気の利いたことできませんで」
「それがいい。……ごめんね、声聞きたくなって」
「俺の?」
「うん。なんかね、安心する」
「……色々問い詰めたい……」



よし、と唇を引き結ぶ。



「じゃあ、行くよ。結果をお楽しみに」
「頼もしー。コーヒー頭にぶち撒けてきな」
「……ホントにそうなるかも。じゃね」
「ガンバレ」



スタジオで見たあの鼻につくにやけ顔の男を思い出す。
本当に美奈子があの真顔でコーヒーを撒き散らす様子を想像して吹き出した。











その後暫くして美奈子からまた着信があり呼び出され、駅前にぼーっと立っていると。



「七ツ森くん!」
「おー元気でよろしうぉっ!?」



駆け寄ってきた美奈子がそのまま胸に飛び込んできて、頭が真っ白になった。

脳内が疑問符で満たされ、両手を空中に浮かせたまま固まってしまう。



「今ね、アドレナリンが凄い。行こう」
「あ、はい……エッ!?」



抱き返そうとした瞬間タイミング悪く離れていった。
とんでもないチャンスを逃したと後悔を噛み締めていると、今度は腕を掴まれ、ぎゅっと抱き締められる。
柔らかい感触にまた思考が吹っ飛んで、引かれるまま歩くしかできない。



「ちょ……腕、腕!?」
「バンジージャンプしたいな。遊園地行かない?」
「……や、行かないす……」



暫くした後ぼんやりした頭で、ああもう腕折れてもいいな、等とようやく思った。















「聞いて」
「聞きましょ」



興奮冷めやらない表情で美奈子が見上げてくる。



「いっぱい提案したの。私が企画するのはダメ。脚本もダメ。演出監督もダメ。金額下げてもダメだった」
「……うん」
「だから全部バラし。数十万リッチのビジネスがパー。すっごく怒られた。あははっ」



けたけたと笑いながら話す。

吹っ切れた清々しい笑顔。



「二度と私使わないって。名前すら。これからはコンペで勝つのも難しいかもねって言われた」



コネと数字が全てのビジネスの世界でその言葉は実質、縁を切られたと言っていいだろう。
干される、とはよく言ったものだ。



「でも、なんかもういいやって思っちゃって。今時それが何なんだろうね?古い古い」



楽しそうに美奈子は続ける。



「私はこれからも自分が作りたいものを作るよ」



今まで通りね、と笑った。



「よく言った」
「……でも七ツ森くんのお仕事ひとつ飛ばしちゃったよね。それは、ごめん」
「俺が受けると思ってたなら心外ですな。……断るに決まってるでしょ」
「ふふ、そういうとこホント好き」



実際、社長には早々に伝えていた。
俺演技向いてないんで……と遠回しに言ったが、きっと周りは察していただろう。



「監督するときの名義変えようかなって思って。案くださいな、Nanaくん」
「……ああ、それで苗字欲しいって言ってたのか。やっとわかった」
「手っ取り早いでしょ」
「そんなの俺の…………あーと」



言いかけて止まる。



「まぁ、考えようぜ」
「うん」



んーっ、と美奈子が背伸びした。

その頭に手を伸ばす。



「とりあえず、よくやったな。エライぞ」
「ミッションクリアー」
「うりうり」
「みゃみゃ……」



両手で頭をわしわしと撫でくり回した。

猫のように目を細めて喜ぶ顔を見て、つい零れ落ちる。



「好き……」
「え?」
「俺さ、あんたが好きだ」
「……ん?」



理解していなさそうなとぼけ顔を見下ろして笑った。



「最初はただの変なヤツだと思ってたのにな。……気付いたらズブズブですよ。責任取って?」



真っ直ぐ目を見て言う。

美奈子の瞳が揺れた。



「好きっていうのは」
「ん」
「あの、……」
「あんたみたいな鈍ちんには何て言ったら伝わる?愛してる?……まだ重いか」
「ひぇ」



びくりと肩を震わせて身体を引こうとするが、一層覗き込まれる。



「どうしたの、七ツ森くん、なんか変だよ」
「そ?今日のあんた程じゃないと思うけど」
「……おかしかった?」
「だいぶ」
「責任って、どうすれば」
「付き合ってほしい」
「……あ、」



揺れた目が驚いたように見開かれた。
ひゅっ、と息を吸った後止まる。



「なんか、苦しい」
「ん?」
「心臓おかしい……」



震えた声でそう言うと、胸の辺りを掴んだ。
困ったような顔で目の前の七ツ森を見上げる。



「変なの……今までこんなのなかったのに……」
「……。俺もおんなじ。手貸して」
「……あ、ほんとだ」
「美奈子にドキドキしてんの。おわかり?」
「ど……ドキドキって」
「あんたは?」



とくとくと早鳴る心臓の音が伝わる。



「……ああ、そっか」



小さく呟く美奈子。



「私、勘違いしてたのかな」



考えるように下を向いた。



「これが好きか。そっか。……あははっ」
「ん?」
「私が知ってる好きは恋じゃなかったんだ。……なるほどなるほど」
「……」



一人で納得したように頷く。

暫くして上げた顔は笑っていた。



「私ちょっとズレてるかもしれない。……いっぱい、教えてね?」
「今更。一緒に知ってけばいいよ」



うん、と頷いた。



「ちょ……返事聞いてない」
「あ、うん。私も好き」
「軽ーい……」
「えー」
「ワッ!」



美奈子の腕が首に回され、抱き着かれた。



「好き。……なんだと思う……ので、これからもよろしくお願いします」



不安げな声が耳元で囁かれる。



「ハハ……んー、シアワセ」
「あ、くすぐったい」



思い切り抱き締め返すと、腕の中で美奈子が笑った。

















卒業制作の企画発表会を終え、緊張の糸が切れた学生で溢れたラウンジ。

パソコンを抱えた美奈子を見つけると、向こうも気づいたようで薄く笑った。



「プレゼンオツカレ。決まったな」
「オツカレ。ひとまず満足」
「やっぱ頭ひとつ抜けてるよ。エライぞ」
「えへへ……明日七ツ森くんでしょ?いけそ?」
「んー?どうでしょうね」



自然と同じ方向に向かって歩き出す。



「そこのダウナーカップル」



階段を上ろうとしたところで声がかけられた。



「誰がダウナーだ。心外」
「お前らだよ……明日の企画プレゼン終わりで卒制頑張ろうの決起集会するけど来る?」
「決起集会って」



リーダー格の男子学生がスマホを片手に話していた。
要は飲み会のメンバー集めだろう。



「行く」
「んじゃ俺も行きましょ」
「オッケー。多分流れでそのまま移動だからよろしく」
「はーい」
「はーい」



感情の籠らない2人の返事が綺麗に揃う。



「……仲良いな」
「羨ましいか」
「羨ましい」
「じゃこれからデートなんで……」
「ハイハイ」



ひらっと手を振って男子学生は去っていく。

隣を見ると、同じように美奈子も七ツ森を見ていた。



「デートするの?」
「しよ」



そう言うと、鞄にパソコンをしまう。

空いた手を掴むと、軽く繋ぎ返してきた。



「うん……なんか、ちょうどいいね」
「ん?」
「ちょうどいいって感じしない?今」



よくわかんないけど、と続ける美奈子。



「んー、ちょっとわかる」
「だよね」



外に出ると、ちらちらと雪が舞っていた。
さむ、と呟く。



「……お家モードかも」



暖房の効いた教室との温度差でぶるぶる震える美奈子が、目を細めた。













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