真琴の彼女で高校生活

□2月
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バレンタイン。ほのぼの。








 予想はしてたけど。


「はっぴーバレンタイン!」
「わ、渚くん……くれるの?」
「うん!はいっ、はるちゃんも怜ちゃんも!」


 2月14日。バレンタインデー。
 恋人、友人、人によっては家族にもチョコレートをあげる日。

 水泳部でも、早速渚が可愛い包装の小さな箱を配っていた。

 全員にっていうのはわかるけど、やっぱり名無しさんちゃんがそれを受け取るところは自然に、さりげなく目を逸らした。
 
 俺も渚からそれを受け取って、そういえば自分は用意してなかったなぁ、と思った。
 名無しさんちゃんの分くらいはあげた方がよかったかな。
 

「名無しさんちゃんもくれるの?わーいありがとうっ!」
「バレンタイン、ですか」
「鯖か?……違うのか」
「名無しさん先輩ありがとうございます!」


 なんて考えてる内に、今度は名無しさんちゃんがみんなに配っていた。
 女の子らしい手作りのそれは誰がどう見ても美味しそうで、コウちゃんなんかは飛び跳ねてお礼を言ってる。
 珍しくハルも嬉しそうで、怜もお返しは何がいいですかと訊いていた。

 名無しさんちゃんはちらっと俺を見て、それからちょっと考えるように横を見てからはい、と渡してくれた。

 





 



 もやもやした気持ちは消えなくて、名無しさんちゃんと帰る時間までそのままだった。


「真琴くん、ねぇってば」


 さっきから名無しさんちゃんが話しかけてくるけど、さっさと前を歩く。
 このまま家に連れ込んでしまおうと考えていた。

 そもそも別に名無しさんちゃんがみんなに配ることも他の男からのものを受け取ることも、気にしてない筈だった。
 そんなことしなくったって彼氏は俺だし、元々そんなこと重要なことでも何でもない。

 なのに、何でこんなに苛々するんだろう。


「……もう、これあげない」


 ふて腐れたような、いじけたような名無しさんちゃんの声。
 その内容に足が止まった。

 振り返ると、右手にさっきみんなに配ったのと大きさも色も違う箱があった。
 それを見た俺を見て、ふいっと目を逸らした後に踵を返す名無しさんちゃん。

 もしかしてそれ、
 

「ッ嘘、ちょっと待っ、」
「嘘。……はい」


 溜息混じりに告げられて、振り返った名無しさんちゃんにそれをお腹に押し付けられた。

 紛うことなくチョコレート。
 しかも、相当手の込んだ。

 ……やばい。
 俺、いや、どうしよう。

 ふんっと不機嫌な顔の名無しさんちゃんはそのまますたすた歩いて俺を追い越し、慌てる俺を待ってくれない。
 
 これは、誰がどう考えても俺が悪いと思う。


「……ごめん、名無しさんちゃん。これ、一緒に食べよ?」


 走って追い掛けて、腕を掴んで振り向かせた。
 
 呆れたようなその顔のまま、手を払われる。
 そして、ぐにーっとほっぺたを両側から摘まれて引っ張られた。


「い、いたいいたいいたい名無しさんひゃっ、」
「私はちゃんと用意してたのにこのばかは……」


 ぐりぐりぐり、とそのまま何回も捏ねられて、名無しさんちゃんの溜息と同時に離された。


「……もっと余裕持って」
「え?」


 ひりひりする顔を押さえていると、見上げながら言われる。
 あ、その目かわいい。


「私が好きなのは真琴くんだけだって何回言わせるの?」
「え、あ、」
「次こんなことあったら私遙くんと帰る」
「っ……はい」


 それは嫌だ。

 一気に力が抜けて肩が落ちた。


「ほら、早く行こ」
「え?」
「一緒に食べるんでしょ?」


 顔を上げると、不機嫌な顔のまま名無しさんちゃんが手を掴んできた。
 危うく箱を落としそうになって、持ち直す。


「……お仕置きだ。ふふふ」


 小さく聞こえた名無しさんちゃんの声は、気付かないふりをした。
















「待って、も、俺無理……っ」
「あーあーあー聞こえなーい」
「名無しさんちゃん……っ!!」








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