真琴の彼女で高校生活

□6月
1ページ/1ページ



梅雨。甘。









「あれ、」


 天気は雨。
 急いで早く帰ろうと昇降口を抜けたところで、名無しさんちゃんを見つけた。

 今日は時間が合わないと思ってたのに、天気のお蔭で幸運かもしれない。


「――、」


 声をかけようとして、止まった。

 ……はっきり言ってしまえば、見蕩れた。

 空の灰色と名無しさんちゃんの湿った黒髪のコントラスト、見上げる憂鬱そうにも怠そうにも見える表情。
 横顔の鼻と顎の線も、長くて上を向いた睫毛も、全部綺麗だった。

 思わず取り出した携帯電話、カメラを起動させてシャッターを切る。
 
 電子音。


「あ」
「……あれ、真琴くん?」


 ちょっと自分が馬鹿なんじゃないかと思った。
 そりゃ音が鳴ってばれるだろうに。

 完全にこっちに気が付いた名無しさんちゃんがぱぁっと笑顔になってこっちを向いた。
 
 ……うん、さっきの顔も可愛いけど、やっぱりその顔も可愛い。


「傘持ってないの?」
「盗られちゃったかも」
「え」
「ああほら、私ビニール傘だったから」


 盗られやすいんだよね、なんて笑う名無しさんちゃん。

 岩鳶高校に傘泥棒なんて輩がいるとは思わなくてちょっと悲しくなったけど、これはこれで好機だ。

 ……さて、と。 
 自分の傘を開いて、空いた手を伸ばす。


「じゃあ、帰ろっか」















 憂鬱で、もういっそこのまま帰ってしまおうかと思っていた。


 ビニール傘でもれっきとした傘。今朝は確かにそれで登校してちゃんとわかりやすいようにいちばん隅っこに立てたはずなのだ。
 なのに、放課後になってみればなくなっていて。一応全部探してみたけど、みんな華やかな柄だったり立派な渋い色だったりして、どこにも透明な地の傘は見つからなかった。

 ビニール傘くらい買えよ、なんて乱暴に独りごちてふて腐れていた。
 でもいくら見詰めても空は灰色のまま水を吐きだしていて、地面はいつまでも水たまりを作ったままで。

 真琴くんは委員会だと言っていたからきっと遅いし、どうしよう。
 待ってみようかな。

 でも、寒いなぁ。
 だけど傘、ないしなぁ。
 
 ……なんて、突然聞こえたシャッター音に驚かされるまでずっと呆けていたのだ。

 
 いつの間にか、自分でも気付かないくらい長い時間そこに立っていたらしい。
 湿った髪の毛がそれを物語っていた。


「じゃあ、帰ろっか」


 当たり前みたいに差し出された手に私のそれを伸ばすとせっかちに掴まれて、ぎゅって握られた。

 冷えた指には温かすぎて、思わず頬が緩んだ。
 














「真琴くん、そっち濡れてるよ?」
「名無しさんちゃんが濡れてないなら大丈夫」
「またそんなこと……」


 そうは言っても嬉しそうに笑ってくれる名無しさんちゃんを見て、肩の冷たさなんて忘れてしまう。

 6月で衣替えも途中だけど、まだ夏服の生徒はほとんどいない。
 肌寒くてプール開きも遠い。
 まだか?まだなのか?なんてハルがそわそわしてて面白いんだけど。

 
 傘の中は思ったよりも二人だけの空間だった。
 肩は時々触れ合って、腕が組めるくらいには近い。


「名無しさんちゃん」
「ん?」


 真横で名無しさんちゃんが首を傾げて俺を見上げてる。
 その顔にぐっと近付いて、逃げられないように指ごと手を絡め取った。


「キスしていい?」
「っ、」


 それだけで真っ赤になって目が泳ぐ名無しさんちゃん。
 もっとたくさん色々してきてそんなこと今更なのに、何でそんなに可愛い顔するのかなぁ。

 まぁいっかと構わず屈んでちゅっと唇を押し付けた。
 
 人前でするのはほとんど嫌がられるけど、今日は傘のお蔭で外も中も見えないからちょっとやってみたくなった。
 怒られるかな。


「……あの、真琴くん」
「ん?」


 でも、その一瞬は期待以上に良い結果を残してくれたらしい。


「なんか……ちょっと、…………ね、もう一回して」
「――」


 傘を投げ出してしまいたくなって、それでもぐっと堪えたまま名無しさんちゃんをぎゅっと抱き締めた。

 なんなんだよ、もう。
 可愛すぎんだろ、ほんと。

 















「お前ずっとにやけてるな。何かあったか?」
「何でもないよ!っこら、蓮!蘭!」
「おにーちゃんこの写真なにー?」
「待受が女の人だー!きれいー!」








.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ