真琴の彼女で高校生活

□8月
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お泊り会。ほのぼの。









「悪い。布団がないんだ」
「いいよ、楽しそうだし」


 悪びれた様子でこそなくいつもの無表情だったものの、一応の気遣いをする遙に名無しさんは楽しそうに笑った。


こんな事になったのには、そこそこの理由があった。
 












 バーベキューで最も大変なのは火起こしではないだろうか。大の大人であっても未経験者ならば殆ど失敗か苦戦するに違いない。


「すごーいまこちゃん!手慣れてるー!」


 渚がきらきらと目を輝かせて真琴を見上げる。よく家族でするから、と謙遜したように笑う彼は火をつけた炭を転がしていた。

 
 季節は夏、渚がまた合宿しようよと言い出したのが始まりだった。もっともついこの前行ったばかりであり、皆が反対するのも無理はなく。めんどくさいと遙に一掃されてしまえば肩を落とすしかない。
 しょぼくれた渚が、じゃあお泊まり会しようよーねーお願いーと部長である真琴に駄々を捏ね、諸々の予定は他の部員に放ったものの計画が進んでいく様子に渚は勝ち誇ったように笑ったのである。

 場所は広く他人のいない遙の家、1泊2日の自炊生活。
 高校生である彼らのテンションを上げるには充分すぎるシチュエーションだった。

 水泳部でもない名無しさんは何故かいる。他の部員が参加させたかったのと楽しそうだねと乗り気だったこと、真琴以外の好意に名無しさんが気付いていなかったことが幸いしたようだ。


「私バーベキュー初めてなんだ」
「え、そうなの?」
「うん。すごいね」
「もうすぐ毎年するようになるよ!ねーまこちゃん」
「?」
「渚!!」
「えへへーごめんなさーい」
「?」


 真琴は毎年家族でキャンプに行くらしい。
 その為合宿で使ったようなテントも家にあるし、バーベキューも手慣れた様子なのだそうだ。


「わーい肉だ肉ー!!」
「渚くん!野菜も食べないと駄目です!」
「じゃー怜ちゃんどーぞっ!」
「熱っ、ッ熱いじゃないですか!!!」
「鯖は焼けたか」


 何とも個性的なコメントの数々に真琴は笑う。
 
 暫くして同じく他の3人がはしゃぎすぎてついて行けなくなったのか、名無しさんが少しばかり後ろに下がってきた。

 同じように笑ってその様子を見ている辺り楽しそうであることに安心する。
 少しばかり意気込んで、真琴はその横に寄った。


「名無しさんちゃん」
「ん?」
「……毎年、する?これから」
「バーベキュー?」
「うん、えっと、……家族で行ってるって言ってたやつ、なんだけど」
「行っていいの?」
「あー……、あはは」


 察しが悪いのか説明不足だったのか、伝わっていないことに苦笑しつつも内心ほっとする。

 首を傾げた名無しさんが真琴くんも食べようよと空いた手で彼の服を掴んだ。


「ねーあれ絶対勘いい子だったらプロポーズって気付くよねー」
「美しくないッ!もっとはっきりしっかり言ったらどうなんです!」
「一応18で結婚できちゃうもんねぇ」
「……そうですね」
「え、なになに怜ちゃん嫌なの!?わー!」
「違っ……いませんけど違います」
「うわ、怜ちゃんガチだ」
「……駄目なんですか」
「べっつにぃー」

 
 その様子を見ていた後輩組はこそこそと話し合う。
 
 表情を曇らせたままの怜に渚が消し炭のようになった玉葱を押し付けた。眼鏡も曇り、大笑いする渚。

 もしゃもしゃと焼けたばかりの鯖を慣れた様子で食べていた遙がそれを見た。


「俺なら毎日お前の焼いた鯖が食いたいって言う」
「ハルちゃんそれ僕が相手だったら引く」
「何かが惜しいッ!」












 夏の風物詩。
 勿論肝試しだ。

 遙の家を出て街灯のない真っ暗な道を行き、その先の遙お手製イワトビちゃんマスコットを手にして帰ってくるという実に簡単なものだったが、肝の小さい男共を震え上がらせるのには充分である。

 籤でペアを決め、懐中電灯一本を手に始まった。


「まこちゃん男でしょ?名無しさんちゃんにかっこいいとこ見せないと」
「わ、わかってるよ!わかってるけどうわぁあっ!?」
「ごめーん足踏んじゃった」
「渚〜っ!!!」


 真っ青な顔の真琴は自分より小さな渚にしがみつき、まこちゃん邪魔歩きづらいと怒られた。
 渚はあまり怖くないらしい。


「どうして僕が一人なんですか……ひぃいッ!!」

 
 運悪く一人の籤を引いてしまった怜は震え上がろうとも頼る者はおらず、実に寂しい思いをしたそうだ。

 そして残るは遙と名無しさんペアであるが、


「あ、……猫」
「ほんとだ」
「あいつ、よく真琴が遊んでる」
「そうなの?……えっと、これ取ればいいんだね?」
「怖くなかったな」
「うん。遙くん全く動じないから私も怖くなかったよ」
「……真琴が怖がりなだけだ」
「あはは……」


 脳天気な二人は日中と変わらない会話をして終わった。














 全員で割り勘した花火は、想定より早く無くなりそうだ。


「超絶合体ドッペルゲンガーーーっレッドぉ!ドッペルビーーーム!!」
「うわ、ちょっと危な熱ッ!」
「あ、ごめーんまこちゃん!!見て見て3本持ちだよ!」


 実に危ない、注意書きに真っ先に禁止と書かれているであろうことをやってのける渚に苦笑しつつも、火花の灯りや色には目を奪われた。
 くるくると円を描くように振り回しているため、四方に飛び散る赤や青。

 ――突如、美しくない!と叫んだ怜に名無しさんは驚いた。


「もっと安全に楽しむべきです!そうでしょう名無しさんさん!」
「え?ああ、うん、楽しそうだよね」
「見てくださいこの計算された火薬の並び!青と赤といった色は化学反応の違いで変わり実に美し……あれ?」


 きょろきょろと見渡しても彼女の姿は見えなかった為、眼鏡を押し上げて悲しみを隠す。
 いいでしょう渚くんがその気なら僕もやってやりますよええ、と心中で呟いて、手持ち花火を2本手に取った。


「線香花火か」
「そう。遙くんもする?」
「……する」


 離れたところで座っていた遙に細いそれを差し出せば、案外素直に受け取った。

 火を付けた蝋燭が名無しさんの横顔を照らし、柔らかい光が花火の先端に灯る。
 
 遙は暫くそれを見詰めていたことにも気付かず、名無しさんの不思議そうな視線で意識を戻された。


「鼠花火だー!いっくよー!」
「だから待っうわぁあっ!」
「あはははは!!!」













 花火の残骸やバケツを片付け、靴を脱いで家に上がった時だった。


「あ」
「どしたのハルちゃん」


 遙が一瞬考え込むように腕を組み、言う。


「……部屋はあるけど布団がない」
「え?……あ、ほんとだ」


 今日集っているのは遙、真琴、渚、怜、名無しさんで5人。対して遙の家にあるのは遙のベッドと父母、祖母の分で3人分の布団、計4人分。
 惜しいが一人分足りなかった。

 うーん、と考える遙に渚が手を挙げる。


「じゃあ僕いいよー」
「渚くん!夏と言っても風邪ひきますよ!」
「じゃー名無しさんちゃんどーすんのさぁ!」
「俺が一緒に寝るよ」
「ダメ!絶対まこちゃんヤなこと考えるもん!」
「いや、流石にみんなの前ではしないって……」
「み、みんなの前ってどういう意味ですか!」
「僕がやなの!」


 拗ねたように唇を尖らせる渚に、真琴が困ったように眉を下げる。

 名無しさんも名無しさんでみんなと一緒がいいなぁ等と男共卒倒な台詞を吐いた為、隔離型は却下された。
 ここに江がいればきっと、絶対禁止です何言ってるんですかとめちゃくちゃに反対するだろう。


「じゃあ、こうしよう」
「え?」
「ハルちゃん?」


 遙が一人、離して引いていた布団をずるずると移動させる。

 横に長く並べられたそれは、つまり。


「……えっと、雑魚寝?」
「雑魚寝」


 寝具が足りない場合に入り交じって適当に眠る方法のことである。


「まぁ、それしかないか」


 それは代案もなく妥当だと判断され、採用された。

 ちなみに名無しさんの隣は真琴がたまにすら見せないような真顔で早急に占拠した為、他の者は文句を言う隙さえ与えられなかったことを報告しておこう。















「てことで、あれやろうよ!あれ!」
「あれ?」


 渚がのそのそと端から這ってきて、きらきらした笑顔で言った。その声量に寝かけていた遙が目を擦る。
 首を傾げた怜が眼鏡を手探りで探し当てた。


「みんなで集まってやることって言ったら勿論恋のお話でしょ!?」
「……それ無人島でもしたよね」
「いいじゃん!結局ハルちゃんの滝の話くらいしか聞いてないし!しようよー恋バナ!」


 お前は女子高生かという台詞を誰もが飲み込む。

 名無しさんがうつぶせになって頬杖をついた。


「恋バナかぁ……」
「名無しさんちゃん何かある?」
「んー、私、小中学校時代は告白したこともされたこともなくて修学旅行とか宿泊訓練ではいつも聞くか寝る側だったからなぁ」
「…………」


 実に悲しい告白である。


「でも今はあるよねっ!」
「うん、まぁ、うふふ」


 その照れたような笑顔に抱き着きかけた真琴を珍しく遙が止めた。


「私はいいからみんなの聞きたいよ」
「えー、初恋とかないの?絶対あるでしょー」
「ないこともない、けど……つまんないよ?」
「いいからいいから!」


 渚が押しに押したお蔭で名無しさんが思い返すように視線を逸らす。


「うーんとね」


 そして、食い入るような男共の視線をものともしない落ち着きぶりのまま、ぽつぽつと話し出した。














 あのね、ちっちゃい頃遊園地に行った時のことなんだけど。
 はしゃぎすぎて私、迷子になっちゃって。
 迷子センターとか行く余裕も知識もなかったから泣いてたの。

 そしたらね、


「大丈夫?」
「ふぇ、……だれ?」


 知らない男の子が話しかけてきてくれて、慰めてくれたんだ。

 顔は……うーん、どんな顔だったか忘れちゃった。
 でも、すごく優しい笑顔だった気がする。


「――だよ。君は?」
「……名無しさん」
「名無しさんちゃん、迷子?」
「うん……ひっく」
「だれと来たの?」
「おかあさんと、……おとうさん」
「そっか」
「……えっく、ひぐ、っ」


 とにかく私泣いてたからすごくひどい顔だったと思うけど、その男の子は全然馬鹿にもしなかったし引いてもなかった。

 その子、暫く色々聞いてくれたり話してくれたの。
 
 それでね、私に手をこう、差し出してくれて。


「泣かない。ほら、行こう?」
「どこ、に?」
「お母さんたち探すんだよ」


 って感じだったかなぁ。
 私の手を引いて、一緒に探してくれた。

 どうやってお母さんやお父さんと合流できたのかは覚えてないんだけど、多分センターとかじゃなくて歩き回ったんだと思う。

 それで、おにいちゃんありがとうって言ったら、


「うん、名無しさんちゃん、わらった方がかわいい」
「ふぇ?」
「じゃあね」


 ってまたその男の子は笑ってくれたの。


「あ、……ばいばい、――おにいちゃん」


 どこの誰かっていうのも、名字も聞けなかったんだけど。
 でも、すっごく優しくてかっこよかったなぁ。 















「へぇー」
「うーん、恋っていうか……憧れかなぁ。かっこいいなって。それだけかもしれないけど」
「うんうん」
「でもそういうのを恋っていうのかなぁ……ちっちゃい頃だからあやふやだなぁ」
「かぁわいい〜!ちっちゃい名無しさんちゃん惚れちゃったんだぁ!」
「私よりちょっとおっきかったから多分年上の人でね、遠い遊園地だったからもう会えないだろうけど」


 そう言って名無しさんは寂しそうに笑った。

 渚は、その横で途中から顔を曇らせた真琴に目を向ける。
 考え込むように顎に手を当てたまま、ずっと俯いたままだった。


「まこちゃんどうしたの?」
「……あ、いや、えっと」
「?」
「なんでもないよ。うん、……なんでも」


 結局途中で遙が寝息を立て始めたため、夜更かしはお開きとなった。





 後日つい口を滑らせた男共がその計画すら知らなかった江に名無しさんの身をを案じて怒られたのは言うまでもない。















「遊園地?……ああ、行ったなぁ」
「あのさ、その時迷子になった女の子とかいなかった?」
「お前よくそんなこと覚えてるな。いたいた。一緒に探してやってたんだっけか?真琴おにいちゃんって呼ばれてたなぁ」
「……そっか」








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