GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)

□お世話になります
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親が仲良くしていた家の娘が働きにくるとはなんとなく聞いていた気がする。
上の空で聞き流していたせいで覚えていなかった。

その家では両親が離婚し、父親は姉を、母親は妹を引き取り。
程なくして母親は別の男と出て行ったそうだ。


設楽はそれを別に可哀想だとも何とも思わなかった。
そしてそれをすぐに忘れた。








「小波美奈子と申します。これからよろしくお願いいたしますわ」



部屋の前で声をかけられて振り向くと、1人の女が深々と頭を下げた。

歳は同じくらいだろうか。
落ち着いた声でゆっくりと話す。
肩下まで伸びた髪を左側で緩やかに結び、深い緑の長いワンピースを見に纏っていた。

動作がしなやかで姿勢もいい。
穏やかな笑顔は余裕を感じさせる。
一目で、”良いところのお嬢様”であるとわかった。

……嫌いなタイプだ。



「おまえ誰?」



冷たい声で設楽は返事をした。

すっかり新人が来るなんて話は忘れていたし、今の彼には余裕がない。
他人に対して、特に知らない人間なんてどうでもいいとしか思えなかった。



「小波美奈子ですわ」
「知らない」
「あら」



柔らかい笑みを崩さず、美奈子はここに来た理由を話す。



「わたくし、一生懸命働きますので」



設楽はふん、と鼻で笑い、目だけで彼女を足の先から頭まで見回した。

その綺麗な手足と顔からはひとつも生活感を見出せない。
掃除や洗濯、配膳などといった仕事と程遠い人間であるとすぐにわかる。
躾けられたのであろう妙な口調だけでも、世間知らずを周知させるのに充分だ。

こういうタイプはきっと、すぐに逃げ出す。
汚いだの疲れただのと騒ぎ立て、気づいたらいなくなるのだろう。


じろじろと見られていることに気づいた美奈子は、しっかりと設楽を見据えて言った。



「侮らないでくださいまし。すぐに仕事を覚えてみせます」
「もういい。あっちに行け」
「お部屋がそちらですの」
「は?」
「使っていいと言われましてよ」



彼女が手で示した先は、彼の隣の部屋。
小さいが、故に大した物置にもならず放置されていた本棚と机しかない一室だ。

もうベッドも椅子も運び込んだらしい。
昨日の夜騒がしかったのはそれだろうか。

……隣。
直感的に嫌だと思った。



「別の部屋も空いてるだろ。客室は」
「わたくしお客様ではございませんわ。使用人ですので」
「……わかったからあっちに行け」
「失礼いたします。聖司さま」



すっと腰を軽く落として頭を下げる美奈子。

設楽は嫌そうに彼女の去っていく背中を一瞥すると、溜息を吐きながら強めにドアを閉めた。








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