GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)

□春祭り
1ページ/5ページ









「いい匂いがいたしますわね」
「……」



いつもの帰り道。
美奈子が不思議そうに言った。

たしかに、普段はしない匂いがする。
色々な食べ物の入り混じった、しかし複雑ではない匂い。

嗅いだことがある。



「あら。あれは何ですの?」



信号で止まった瞬間、彼女が驚いたような声を上げた。

反対側に目を向けると、提灯がいくつか吊り下げられているのが目に止まった。
人だかりができており、離れた場所には屋台の看板が見える。

そういえばこの辺りには小さな神社があったはずだ。



「祭りだ」
「祭り?ではあちらに並んでいる看板は?」
「屋台」
「やたい」
「出店だか露店だか……色々売ってる」
「まぁ。お店ですのね」



去年だったか今年だったかは忘れたが、同じような疑問を同級生に投げかけたのを思い出す。
眼鏡の彼は少々驚きながら、しかし呆れることはなくひとつひとつ解説してくれた。



「いい匂いです」



すん、と美奈子が鼻を鳴らす。



「金魚すくいって何かしら。あら、箸巻きとは?」
「……」



つい、つられてその匂いに注目してしまう。

小麦粉とソースが焼ける香ばしい香りが記憶と結ばれた。



「お好み焼き……ベビーカステラ……」
「……」
「りんご飴!甘いのかしら」
「……、」
「たこ焼きって何でしょう」
「……ああもう」



学校終わりの飢えた胃にその言葉の羅列は大いに響いて、耐え切れずに声を上げる。



「停めろ」
「えっ?」
「いいから。その辺に停めろ。早く」
「承知しました。お待ちくださいまし」



美奈子は周りを見回すと、車を動かした。

駐車場は満員とは程遠く、広々としている。
器用に後ろから一度で停めてみせると、彼女が振り返った。

設楽はシートベルトを外し、ドアに手をかける。



「降りますの?」
「おまえのせいで腹が減った」
「まぁ……あ、お待ちになって」



後ろから、急いでついてくる音がした。

構わず歩き、一番近くにあった店でたこ焼きを2つ買うと片方を美奈子へ渡す。



「ありがとうござ熱っ、あつ、熱い」
「落とすなよ」
「あ、待ってください、人が……あら、あらあら……」



受け取った彼女は目の前あたりに器を掲げたまま、人の波に飲まれていく。

呆れて先に戻ろうかと思ったが鍵がないので、仕方なく追いかけた。









次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ