GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)
□散歩
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珍しく真剣な顔の美奈子が、おずおずと設楽を見上げて言った。
「お願いがありますの」
その不安そうな顔を見て、記憶の一部が微かに揺れる。
……気のせいだろうか。
どこかで見たことがあるような気がした。
まぁ、そんなわけがない……と振り払い、なんだよと答える。
「ピアノが聞きたいのです」
「は?」
「聖司さまのピアノが聞きたいのです。たまにお部屋から聞こえてきますわ」
恐る恐る、という風に話す彼女。
きっと断られるのだろうと、そう思いながらも聞いてきたのだろうと思った。
その態度に神経が逆撫でられる。
「いやだ」
「どうして」
「……」
やめようとしているのに、いつまで経ってもやめられないのだ。
惰性で、手癖で弾いているような今のピアノを人に聞かせる理由がない。
「好きなのです。聖司さまのピアノが」
最もらしい理由を探していると、美奈子が食い下がってきた。
……ああ。
こいつもまた、同じなのだろうか。
「弾かない」
無条件に、無神経に、何の考えもなしに持ち上げてくるあいつらと同じだ。
きっと二言目には……
「わかりました。申し訳ございません」
才能があるのに、とか。上手なのに、とか。天才、だとか。
どうせそう言われると思っていたが、彼女はすっと引き下がった。
ただ寂しそうな笑顔を浮かべて、失礼します、とだけ言うと、廊下を歩いていく。
その姿勢は、いつもより少しだけ肩が落ちている気がした。
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