GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)

□秘密
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また今年もこの日がやってきた。
何がバレンタインだ。
ひとつひとつは軽いが数が尋常ではない。
重くて仕方がないので急遽車を呼んで、不機嫌なまま帰宅した。



「お疲れさまでした、聖司さま」
「ああ。ちょっといいか?」
「はい」



積もった不満に今日のイライラが重なってつい呼び止める。

紙袋をその辺に下ろして美奈子に近づくと、覗き込むように見下ろした。



「俺を避ける理由を教えろ」
「……はい?」



ぽかんとした表情。
何が何だかわかっていないとぼけた顔。



「そんなことございませんわ」
「あるだろ。何で夜こそこそ部屋を出ていくんだよ」
「えっ」
「川崎と何を話してる。日曜は何してた」
「……えっと」



一度口を開くと次から次へと疑問が湧いて出た。



「察するのは得意じゃないって言っただろ。何かあるなら言ってくれ」



考えてもわからなかった。心当たりがない。
急に避けられて断られて何も教えてくれない。
あの男の助言に従った訳ではないが、いい加減答えが欲しくなった。


美奈子はそんな彼の顔を見て、あ、と小さく言った。



「……少々、お待ちいただいても?」
「なんだよ」



今?と眉を寄せる。

美奈子は踵を返して、廊下の奥へと早足で向かっていった。


そして程なくして戻ってきて、後ろ手に隠していたそれを差し出した。



「ええと、渡す時はハッピーバレンタイン?と言うそうですわ」
「……………………?」



小綺麗な紙袋に入ったそれを受け取って中を見る。



「どうしてもうまくできなくて。なかなか満足できず」
「……」
「連日シェフの方に教わっていたので……そのことかと」



どこからどう見てもバレンタイン用に拵えられたお菓子だ。



「不快にさせてしまったようで申し訳ございません。でも本番はうまくいきましたので、きっと美味しいですわ。チョコレートケーキですの」



にこにこと美奈子が話す。

……なんだ、と力が抜けた。
答えなんか今日散々学校で貰ってきた筈なのに。
目の前の違和感や不満にばかり注目して、彼女とそれが結びつかなかった。
もう少し視野を広げて生きるべきだなと心の片隅に留めておくことにする。



「……はぁ」
「あら、あら?お気に召しませんでしたか?どうしましょう」
「いや……違う」



はは、と笑った。

軽く覗いただけだが、素人にしては細かく凝ったのがわかる。



「相当がんばっただろ」
「隠す方が大変でしたわ。こういうものは内緒にした方がいいって伺いましたもの」
「隠せてなかったぞ」
「そうみたいですね」



可笑しそうに美奈子も笑う。



「……大事に食べる。ありがとう」
「まぁ。愛をこめた甲斐がありますわ。ふふ」



あーあ、と疲れた様な、憑き物が落ちたような顔で設楽は部屋に戻っていった。

その背中を見送って、美奈子は安堵する。



「……緊張、しましたわ……ふぅ」



渡す時が一番気を遣った。

自分があげてもいいのだろうか。
気合を入れすぎただろうか。
口に合うか、嫌いなものを入れていないか、うっかり落とさないか。
……等と考えて、差し出した時の手は震えていた気がする。

初めて自分で作ったチョコレートを渡した。
後でシェフのあの人には何かお礼をしよう……。








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