GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)

□求めよさらば与えられん
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この前はアレがアレで行けなかった買い物に美奈子を連れ出した。

ショッピングモールに着いてすぐ、彼女が声を上げる。



「あら、何かしておられるみたい」



中央の広場にできた人だかりに近づいていく。
腕を引かれるまま設楽も仕方なくついていった。


ちょうど演奏の音が止んで、周りの人間が拍手を送っているところだった。

近くにあったイーゼルに飾られたポスターパネルをじっと見た美奈子が首を傾げる。



「ストリートピアノ?ってなんです?」
「ああ……あれは自由に弾いていい。おまえ次弾くか?」
「えっ?そんなそんな……聖司さまお弾きになって」
「こんなところで弾くか」
「じゃあわたくしにもすすめないでください」



いじらしく設楽の袖を引く彼女の目は、じっとピアノへと注がれている。



「……」



その顔がまるで欲しいと言い出せない子供のように見えて、設楽は鼻で溜息を吐いた。



「弾きたそうだぞ」
「……人前でなんてもう何年も……」



躊躇の理由は謙遜でも遠慮でもなく不安のようだ。

そんなもの、一回やってみればすぐに消える。
と、設楽は美奈子の腕を引いた。



「座れ」
「まぁ、ちょっと……!」



半ば無理矢理座らせると、その左側に自分も座る。
毎日は一緒に弾かなくなったが、週に一度は眺めている景色だ。



「ふうん。意外と悪くないな。別に良くもないけど」
「良い音ですわ」
「普通だろ」
「ふふ」



ぽん、とひとつ鳴らすと、手が疼いた。
性のような、癖のようなもので、そうすることが自然なように身体が動いてしまう。


設楽が美奈子の耳元に口を寄せる。
こそこそと囁かれる曲名に、頷いて答えた。

横目で相手を見て笑い、鍵盤に目を落とす。
隣で微かに息を吸う音がしたので、自分も合わせることにした。



















「まぁ、ありがとうございます」



いつの間にか数名の観客がいた。通行人の視線も感じる。
数こそ少ないがしっかりとした感動の拍手を受けて、美奈子は嬉しそうに、丁寧に頭を下げた。


もういい行くぞ、と腕を引かれてその場を離れる。



「ああ楽しかっ……あら、痛」
「ん?」



耳鳴りがして、左耳を手で押さえた。

何故かはわからないが、どうにも音が大きい。
周りの音から空気のノイズまで、全て増幅されて拾っているかのような大きな音がする。

堪らず左耳からそれを外した。



「……あ、えっ、えっ?あらあら?」



不思議そうに周りを見る。
とんとん、と軽く耳を叩いて、それから驚きで目を丸くした。



「……まぁ」



美奈子はぽかんと口を開けたまま、呆然としたような顔で設楽を見る。

は、と彼は笑った。



「どこで治るかわからないもんだな」










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