GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)

□求めよさらば与えられん
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最後の音が鳴り止むまで美奈子は黙っていた。
じっと、静かに。



「……、」



設楽が踏んでいたペダルから足を離した瞬間、彼女は俯いて肩を震わせた。



「ありがとう、ございました、っ」



顔を覆うと、しゃくりあげて涙を流す。



「泣くなよ」
「……だって、だって……う、っふえ、えぇえん……ひっ、」



長く溜め込んでいたものを吐き出すように。まるで小さな子どものように。
声も抑えずに泣きじゃくる。

設楽が美奈子の隣に座ると、胸に頭を寄せてきた。
彼女の匂いが鼻をくすぐる。



「頑張ったな」
「うぁあ、ぇぐ、ぁううぅ」
「ほら、使え」
「えーん……」



そうして、設楽の胸の中で美奈子は暫く号哭した。











「だんだかずっぎりじまじたわ……あだ?」
「ぷっ」



鼻をつままれたような声に思わず吹き出す。

美奈子は慌てて立ち上がると、隣のベッドルームまで駆けていった。
遠くで鼻をかむ音が聞こえて、すぐに戻ってくる。



「失礼いたしました。もう大丈夫ですのよ」



泣き腫らした目で照れくさそうに笑った。
が、すぐに真っ赤になった顔を隠すように手で覆う。



「見ないでくださいまし。ぐちゃぐちゃで恥ずかしいですわ」
「面白いから見せろ」
「嫌ですわ、もう……」



立ち上がってその手を払おうとする設楽と暫し攻防戦を繰り広げ、おかしそうにくすくす笑った。
俯くように、頭を彼の胸に押しつける。



「大好き」



囁くような独り言。



「……はっ!」



しかし直後、飛び跳ねんばかりに肩を震わせて、自分で驚いたように彼から距離を取る。
後ずさりながら目を泳がせ、口元を手で押さえた。



「わ、っ、わたくし、もう行きますわ。本当に本当にありがとうございました。おやすみなさいませっ」
「待て。急にどうした」



焦ったような口調で踵を返した美奈子を呼び止める。
後ろを向いた彼女は俯いたまま、震えた声で言った。



「……だめなのです。貪欲です。……最初は、ただの尊敬でしたのに」



また泣き出しそうな声色だ。



「全部羨ましくて、欲しくなって仕方なくて、もう、自分が嫌になります」



ぎゅう、と自分の手を握り込む。



「側にいられたら、見守っていられれば、それだけでいいって思っておりましたのに。自分は欲深くて嫌らしい人間です」



振り返って、悲しそうに笑った。



「愛してしまいました。好きで好きで、……もう、っ」
「……」
「……申し訳、ございません」



すん、と鼻を啜る。

驚いた顔で何も言わない設楽の顔を見て、軽く息を吸った。



「もうそろそろ、潮時なのでしょうね。わたくし、出ていきます」
「……」
「これ以上ここに居たら本当にだめなのです。辞めます。お世話になりましたわ」



早口でそう告げると深々とお辞儀をする。
顔を上げて諦めたように口角を上げると、そのままドアへ向かって歩き出した。

あ、と気づいたように設楽が動く。
つい、言われた言葉を頭で反復したり考えていたせいで黙ってしまっていた。



「待っ、……美奈子!」
「きゃっ」



彼女の手首を強引に掴んで引っ張った。
そのまま自分の方へ向き直させる。

顔を逸らそうとするので、頬を両手で挟んで無理矢理上を向かせた。



「一人でベラベラ喋るだけ喋って逃げるな。何なんだよ」
「うう……っ」
「俺の話も聞け」



揺れた目が設楽を捉える。
下瞼に溜まった涙が今にも零れ落ちそうだ。

勢いで顔を近づけたので思ったよりも近くて一瞬戸惑ったが、続けることにする。



「悪かった」
「……」
「その、……まだ言ってなかった。おまえにはちゃんと言えなんて散々言ってた癖に」
「え……?」



美奈子が疑問でいっぱいの目で設楽を見つめた。
とぼけた顔にいつもの自分が出そうになって堪える。

すっと息を軽く吸うと、覚悟を決めた。



「俺もおまえが好きだ」



真っ直ぐ彼女の目を見て言う。

ぽかん、とした美奈子は固まったように微動だにしないまま黙っていた。



「………………へっ?」



腑抜けた声。



「聞こえたか?」
「聞こえ、……聞、聞き間違い……?」



治った筈の左耳を弄ろうとするので、頬を挟んでいた手で彼女の手を掴む。

二度も言わせるなとは思いつつ、さっきよりもゆっくりともう一度告げた。



「俺も美奈子が好きだって言ったんだよ」



ぱちぱちと瞬きを数回した目が、みるみるうちに丸く開かれる。
誤魔化すように乾いた笑いを唇から漏らした彼女はかぶりを振った。



「嘘、うそですわ、……ご冗談、また弄んでっ」
「嘘じゃない」



なんでもかんでも肯定してきたくせになんで今更否定するんだ……と困り果てる。

こういう時の台詞はよくわからない。
よくわからないから、それらしいことは言えない、が。



「ただの世間知らずのお嬢様だと思ってた」
「……」
「すぐ音を上げて逃げると思ってたよ。なのにおまえは楽しそうに毎日働いて、俺の側でヘラヘラ笑ってた。腐った俺に平手打ちして、気づかせてくれた」
「聖司さま……」
「他のやつらにチヤホヤされてもまたかと思うだけだったのに、おまえが言うとすんなり入ってくる」



ああもう面倒くさい、と設楽は彼女の手を引いた。
そのまま腕の中に閉じ込めて、耳元で言う。
一番近く、次は聞き間違いだなんて言わせないように。



「愛してる」
「!」



息を呑む音が聞こえる。
されるがまま棒立ちの美奈子は微動だにしない。



「どこにも行くなよ。まだおまえにステージでの演奏を聴かせてないだろ」



一番の演奏を聴かせて、絶対泣かせてやると言った。
まだできていない。今日明日では叶わない話。


すん、と美奈子が鼻を啜る音がした。



「……たくさん、言ってもかまいませんか」
「ん?」
「好きです、って、大好きって、もっと言ってもいいのでしょうか……っ」



小さく震えた声で言い、恐る恐るというように軽く設楽の服を握り締める。



「言っただろ。察するとかそういうのは苦手なんだよ、俺は」
「……!」
「おまえは俺に求めなさすぎる。したいことがあるなら言え」



溜息混じりにそう答えると、彼女は笑い始めた。
腕を上げて背中に回し、ぎゅう、と強く抱き締め返す。



「えへ、えへへ……」
「なんだよ」
「このまま骨になりたいですわ〜」
「うわ……」
「引かないでくださいまし、言えって仰ったじゃありませんの」



嬉しさを隠さずに、踵を上げてえへえへと軽く跳ねるように動く。
すっかりいつもの様子に戻った。
戻りすぎたかもしれない。よく舌が回る。



「逆でもかまいませんのよ?白骨化して土に還るまで抱きしめてさしあげますわ」
「……」
「半分冗談ですのに……あっ」



両手で顔を掴んで、うるさい口を唇で塞いだ。

離すとまた何か言おうとするので何度か繰り返すと、真っ赤な顔をして空気が抜けたように黙りこくったのでよしとする。












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