GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)

□幸運な男
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テストテスト。あー、あー。よし。
記録用の録音を開始します。許可済みです。
今日は取材で設楽家にお邪魔しております。
若き天才ピアニスト設楽聖司さんのインタビューです。
最初に対応してくださるのは使用人のお一人、いわゆるメイドさんですね。小波美奈子さんです。
小波さん、本日はよろしくお願いいたします。


「よろしくお願いいたします。緊張しておりますわ」


調べたところによると小波さんもピアノ経験者ということで。
中高生の頃はテレビにも出ていたとか。


「えっ?そんなことございませんわ。人違いではありませんか?」


あれ?そうでしたか?
そっくりさんかな……失礼いたしました。
小波さんはどうしてこちらにお勤めに?
まだお若いですよね。


「ご縁がございましたの。聖司さまのお母さまにとってもよくしていただいております」


ご縁というと?


「ご縁ですわ」


そうですか……。
ええと、メイドさんというのは我々にはあまり馴染みのない職業でして。
これはどういったお仕事になるのでしょうか。


「メイドさんというとなんだか可愛らしい感じがいたしますわね。全然そんなことございませんのよ」


それは私服ですか?素敵なワンピースですね。
制服、いわゆる……メイド服みたいなものはないのでしょうか。
すみません、どうしてもこう、抽象化されたものしか存じ上げていなくて。勝手なイメージかもしれませんが。


「メイド服……?」


ああ、ええと……黒いワンピースに白いエプロン、みたいな。


「わたくしの服は違いますの?」


……そう言われてみれば、そうですよね。失礼しました。


「とんでもございませんわ。ええと……お仕事内容でしたね」


あ、はい。お願いいたします。


「一番普通の日は……朝起きたら布団を干してカーテンを開けて朝食作りをお手伝いします」


ほうほう。


「時間になったら皆さまを起こして、朝食と支度を済まされるのをお待ちして、聖司さまの送迎に行きますの」


送迎。
大学にですか?設楽さん、通学は車で?


「ええ。高校の頃から。旦那さまと奥さまの運転手さまは別でいらっしゃいます。帰ってきたら洗濯機を回して、掃除をして、洗濯物を干します」


家事代行のハウスキーパーさんもおられるんですよね?


「ええ。分担してこなしております。皆さまお優しいんですのよ、何でも教えてくださいますの」


へぇ……これだけ家が大きいと大変ですよね。


「大きいですか?」


えっ!?


「あ、……ええと、何でもございませんわ。……それから備品のチェックなどをして買い出しに行きます」


ふんふん。


「帰ってきたら昨日の分の洗濯物を取り込んで畳んだりアイロンがけをしたり。ベッドメイキングも。時間になったらメールが来ますのでまた送迎に」


結構、大忙しですね……?


「他の方とも協力しておりますので時間はできますのよ。お庭を散歩したり本を読んでお勉強する時間もございますもの」


そうですか。


「帰ってきたら夕食のお手伝いをして、片付けて……だいたいそんな感じでしょうか」


ありがとうございます。
中々ハードだということがわかりました。
では、設楽聖司さんについての印象など伺ってもよろしいですか?


「印象?」


お家ではどんな感じだとか、こういう一面もあるだとか……。
周りからのご意見を伺いたくて。


「んん……わたくし、外での聖司さまをあまり存じ上げませんの」


あ、たしかに。おっしゃる通りですね。


「ですのでお家だけのお話になるのですが………………」


……?


「……んん、と。……言わなきゃ、いけませんわよね?」


言いたくないことが?


「だってこれ、地方紙に載るのでしょう?」


ええ、まぁ。


「……じゃあ、内緒でもいいですか?」


はい?


「内緒です。家でどうだとか何をお話するとか何が好きとか何で笑ってくださるとか、全部」


ええっ!?
そう言わずにお願いします。


「素敵ですわ。昔から変わらず、ずうっと。本当に変わっておられませんの」


あれ、小波さんはここにいらっしゃって1年ほどだと伺ったのですが。


「あ、そうでしたわ。ふふふ」


……?
うーん、どうしようかな。


「ええと……じゃあ、こんな感じで」


おお!ぜひ!


「品が良くて紳士的で、センスが良くて、芸術家。自分には厳しい。ピアノを弾いておられる時は周りの声が聞こえないほど集中しておられます」


ふんふん。そのまま使えそうだ……。
ありがとうございます。
自分はお話させていただいたことがないのでこの後のインタビュー、緊張します。


「大丈夫ですわ。お優しいので」


優しい、ですか。
エピソードとかありますか?せっかくなので。


「エピソード……………………」


……?


「内緒です」


そんなぁ。


「じゃあ、使用人のわたくしたちに対しても敬意を持って対応してくださる、とかでいかがでしょう」


これもそのまま使えそうなフレーズだ……。
ありがとうございます。


「あら、お時間ですね。ご案内いたします」


えー、一旦録音切ります。










テストテスト。録音開始します。
設楽聖司さんにインタビュー、続きです。ご本人です。


「聖司さま、はばたきウォッチャーの方が取材に来られました。お時間ですわ」
「取材?」
「失礼いたします」


失礼します。
はじめまして。
自分ははばたきウォッチャーで記者をしておりますーーです。
本日はよろしくお願いいたします。
名刺を……


「聞いてない」
「お伺いしましたわ」
「いつだよ」
「先週の金曜日の夜です。勝手にしろって仰ったでしょう」
「知らない」
「もう、聞いておられなかったのですね。せっかくお越しになっているんですよ」


……あれ。


「ではわたくしはこれで。ごゆっくり」
「待て。おまえもいろ」
「お邪魔してはいけませんので」
「なんで邪魔になるんだよ」
「インタビューってそういうものですわ」
「いいから横座れ」


あ、小波さん、椅子ありがとうございます。失礼します。
……ええと。


「何のインタビューですか?」


あっ、はい!
ええと、はばたき市で活躍している若者を取り上げたコラムを書きたく。
ぜひ、設楽聖司さんについてもっと読者の皆さんに知っていただければと思いまして。
これが先週の……そうですね、こういう感じです。


「ふぅん」


えっと……ご了承いただけますか?


「どうぞ」


あ……りがとうございます。
では早速……


「わたくし、お茶をお持ちしますわ」
「あ、おい」


自分にはおかまいなく……はは……。
……早速質問させていただきます。
設楽さんのピアノに関してお伺いしたいのですが。


「……」


ひっ。


「ピアノの何ですか?」


あ、ええと。
いつからやってるとか、今の目標とか、どうお考えとか。
何でも構いません。ざっくばらんにお聞かせください。


「……どうでしょうね。どう思いますか?」


はい?


「何かで聴いたから訊いてるんじゃ?」


えっ。
あ、もちろん……昔のビデオを拝見しました。


「どう思いましたか?」


……ええと。そうですね。
自分が聴いたのは設楽さんが小学生くらいのものです。
すごいなぁ、って……。
自分の娘が小学生になった時、こう、させてあげられるんだろうかって。


「……?」


えっと……つまり。
そりゃあ、才能とか努力とか色々あるでしょうけど。


「……」


多分、何事も好きじゃないと極められないと思って。
ピアノじゃなくても、絵でもスポーツでも何でも。
生まれ持ったものと、自分がそれを好きになって頑張れるかって別なので……。
娘、まだ産まれたばかりなんですけど、本当にあの子のしたいことをさせてあげられるかな、なんて思ってしまいました。
もしあの子にある才能がスポーツだったとした時に、親である自分がピアノを強要しても……多分、努力では敵わない部分で差がつくんですよ。
自分で好きなものを見つけて頑張らないと、意欲ってわいてこないじゃないですか。


「……」


設楽さんのピアノをビデオで見たとき、弾かされてる感じはしなくて。
きっとこの人は、才能とうまく合致したものを好きになって、その上で頑張ってきたんだな、って。そう思いました……。
だから、すごいな、って。


「……才能ね」


すみません、うまく説明できなくて。
あはは、月並みな感想ですよね。


「大丈夫です。……そうですね。今の目標はとりあえず、ブランクを埋めることです」


ブランク?


「そのあとは留学します」


留学。


「誰かのせいで失敗したんですよ。心から嫌いになるのに」


……?


「失礼します」
「ああ」
「お待たせしました。どうぞ」


あ。小波さん。
ありがとうございます。ありがたくいただきます。
紅茶ですね。良い香りがします。


「他には?」


はい。
そうですね、私生活についてとか聞けたら嬉しいです。


「はい?」


好きなものとか嫌いなものとか。趣味、特技、どんなテレビを観るとかでも。


「……それを書くんですか?」


はい!


「ピアノ。テレビは見ません」


はい?


「好きなものと嫌いなもの。趣味。特技」


……全部ですか?


「問題ありますか?」


あ、いえいえ……。
どうしようかな。


「聖司さま」
「ん?」
「困っておられますわ。……そうだ。折り紙、得意ですわよね?」
「別に得意じゃない。昔遊びで教わったんだよ。覚えてるだけだ」
「あとアルパカとかハシビロコウ好きでしょう?」
「別に好きじゃない。間抜けな顔が笑えるだけだ」
「夏と冬は嫌いでは?」
「誰だって嫌いだろ」
「わたくし冬は好きですわ」
「知ってるよ。犬みたいに飛び出していくからな」
「納豆は?」
「やめろ。思い出したくもない」
「タンポポ……」
「敵だ」


あの……。


「ああ、今のは書かないでください。彼女の冗談です」


そんなぁ。


「……ええと。よく海外に行かれるかたなので……」


小波さん……?


「海外の切手とかコインを集めておられますわ。ご趣味といって構いませんわよね?」
「もういい。任せた」


小波さん……!
ありがとうございます……ふんふん、なるほど。

あ、そろそろお時間ですね。
お二方、今日は貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました。
紅茶もごちそうさまです。


「はい」
「ちゃんとできていたかしら」


ええ、ええ。
良い記事にしてみせますよ。お任せください。


「お送りしますわ。どうぞ」


ありがとうございます。
設楽さん、失礼します。

……えー、録音終わります。
















「いいひとでしたわね」
「変なこと喋ってないな?」
「ええ。なーんにも。普通のことしか」
「おまえの普通は信用できない」
「だって誰にも教えたくありませんもの」
「ん?」
「なんでもございません。それより……もうちょっと柔らかい表情はできませんの?今みたいな」
「引っ張るな。伸びる」
「記者のかた怯えておられましたわよ。丁寧語ならいいってものじゃございませんわ」
「噛むぞ」
「痛ぁっ」






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